映画「あの日の声を探して」――子どもの目が見つめる“戦争”と“人間”
白黒サイレント映画「アーティスト」で”活動写真”の原点回帰を魅せ第84回アカデミー賞5部門を獲得したミッシェル・アザナビシウス監督が、アメリカ映画「山河遥かなり」(1948年、原題The Search)を原案に、”戦争”によって傷つけられ、良心が壊されていく”人間”を描いていく。9歳のハジ、17歳の姉ライッサ、19歳でロシア軍に強制徴兵されたコーリャたち3人の青少年の目は、国のエゴに踊らされている”戦争”と”人間”の心の奥底を見つめながら、その厳しい現実の渦に巻き込まれていく。
1999年9月、ロシア連邦のプーチン首相(当時)がチェチェン共和国独立派をテロリスト集団と断定し、チェチェンに侵攻した第2次チェチェン戦争。ロシア軍は、一般市民は避難しておりテロリストと支持者だけが残っていると見做して略奪、強姦、虐殺を繰り返す。
ハジ(アブドゥル・カリム・ママツイエフ)は乳飲み子の弟を抱いて、自宅の2階からロシア兵たちが両親と姉ライッサを尋問している様子を覗いていた。1人の兵士が陽気にはしゃぎながらビデオカメラで撮影している。突然、取り囲んでいら兵士たちは、両親を射殺し姉ライッサをどこか連れ去って行った。乳飲み子の弟を抱え、ショックのあまり声が出なくなったハジは、弟をチェチェン人の家の玄関先に置き、家人が弟を拾い上げて家に入るのを見届ける。難民のトラックに拾われて国境を接するイングーシ共和国へ逃れたハジ。赤十字事務所に保護されたが、声が出ないため責任者のヘレン(アネット・ベニング)には何も答られず、警護する武装兵たちの姿を恐れて事務所から逃げ出した。街の浮浪児たちに酷い目に遭わされ、何の食べ物も無くさまよっているハジを、難民たちを訪問調査しているEU人権委員会職員のキャロル(ベレニス・ベジョ)は、とりあえず自宅アパートに連れて行く。
姉ライッサは殺害されずに家に戻ってきた。だが、弟たちの姿が見えないため着の身着のままの格好で2人を捜す旅に出た。どうにかイングーシの赤十字事務所にたどり着き、奇跡的に乳飲み子の弟と再会できた。同じ町にいながらすれ違うライッサとハジの姉弟。どうしてもハジのことが気がかりなライッサは、ハッジを捜すためこの町を去って行く。
ロシアのペルミ市に住むコーリャは、街中でドラッグを所持していたため警察署へ連行され、そのまま強制徴兵された。チェチェン侵攻のため促成訓練で大量の新兵たちが前線と送られていく。帰ってくる軍用ヘリコプターには、大量の戦死者の遺体が積み込まれている。殺人マシーンをつくり出す過酷な新兵訓練。厳しさに耐えられず自殺した新兵は”戦死”扱いで移送される。古年兵のいじめと厳しくしごかれるコーリャは、心のなかの何かが弾けた。古年兵に煽られ同僚を殴り倒し、前線では笑みを浮かべて無抵抗の市民をも殺す”兵士”へと変貌していく。
キャロルは、ロシア軍の破壊と虐殺行為を国連会議で報告するが、無関心な反応。“戦争”と“人間”の実態を見てきたハジの眼差しに対して、キャロルは同情を越えて真摯な応答を探し求めていく。
主義主張を建前に難民をつくり出す国家や政治勢力のエゴイズム。’国を守る’という大義名分の背景には、人間を殺りくして満足そうにほほ笑むコーリャのような’勇猛な兵士’を育成していくシステムが出来上がっていく。それが軍事力を行使する「普通の国」の姿なのだろうか。
キャロルとの交流の中で恐れや疑い、心の深い傷が少しずつ回復していくハジ。キャロルは出かけたと思い、ラジオから流れる音楽に合わせてチェチェンの伝統舞踊「レズギンカ」のステップを踏むハジ。痛みにくじけそうな幼い心を鼓舞し慰めるかのようにハジが踊るシーンに、破壊と虐殺への強さが’普通の国’であってはならいことを強く思わされる。 【遠山清一】
監督:ミシェル・アザナビシウス 2014年/フランス=グルジア/チェチェン語、フランス語、英語/135分/映倫:PG12/原題:The Search 配給:ギャガ 2015年4月24日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次ロードショー。
公式サイト:http://ano-koe.gaga.ne.jp/
Facebook:https://www.facebook.com/gagajapan