2018年07月08日号 08面

 体力や記憶力が衰え、今まで出来たことが出来なくなっていく。老後は人生の「下り坂」なのだろうか。今年『天国で神様に会う前に済ませておくとよい8つのこと』(東邦出版)を出版した、オリブ山病院理事長の真一さんは、老いを迎える時期こそが人生の「山頂へのラストスパート」、「老金期」だと言う。刊行のきっかけは、日本における死生観、人間観、スピリチュアリティーについての問題意識があった。同病院は精神科から始まり、高齢者医療、緩和医療においても先駆的な対応をして、今は国際的にも貢献し、今年設立60周年を迎える。同病院の取り組みとともに、著者の田頭さんに著書刊行の背景を聞いた。【高橋良知

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老いを迎える時期は「老金期」 「超老力」を身につけよう

高齢者だけでなく、社会、若者にも

 同書の前半で解説されるのは「超老力」。老いを乗り越え自分を受け入れて自然体となる力だ。ここに始まり、8つのポイント(自然体、謝罪、解放、伝承、成熟、謙虚さ、受容、奉仕)を紹介。著者自身や臨床で向き合った人々の経験や、聖書が保証する人生の真理の解説も交え、死を迎えることに希望があることを分かりやすく語る。同書は高齢者のためだけではなく、これから高齢者を迎える社会の側や、これからの人生について考える若者にも向けて書かれたと著者は述べる。「人生の最期のとき、これまでのように目の前の目的のために生きるためではなく、人生を噛みしめて、よく生きるための生き方に変わらなくてはいけません」と田頭さん。

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『天国で神様に会う前に済ませておくとよい8つのこと』
田頭真一著 東邦出版1,512円税込 四六判

 根強い日本人固有の死生観

 同書刊行の背景には日本人の死生観と医療についての問題意識があった。「日本はいまだに終末期の告知に困難がある。欧米では大丈夫ではないならば、大丈夫ではないとはっきり言う。日本は死を忌み嫌う文化がある。和魂洋才というが、医療の技術的な部分は取り入れても、死を避けるという部分では日本の文化が残っている」と言う。

 スピリチュアルケアについての認識にも課題がある。「身体的なケアの限界が知られるようになり、魂に関わる全人的なスピリチュアルケアの必要が認識されてきた。チャプレンを置く病院も増えてきたが、日本では『なぜ医療に宗教を持ち込むのか』という見方が根強い。欧米では魂のケアは当たり前。公立病院にもチャプレンがいる。ところが日本だと医療機関での宗教的なケアは必要ない、おかしいとなる」と指摘する。

 宗教ならば何でも良いのか

 「スピリチュアルケアの定義があいまい」という問題を挙げる。「心理学的なものや、『スピリチュアルケア』、『宗教的ケア』の社会学的な曖昧な定義に基づく考察にとどまっているものがある。世俗的なヒューマニズムがキリスト教医療にも影響を与えている。キリスト教色を薄めよう、患者の要望に応えるべき、というプレッシャーがある。しかし医療者は、患者が望むからと根拠無く別の薬を与えることはない。客観的な治療があるからだ。スピリチュアルケアでも、沖縄のユタのような脅しを中心とした民間宗教や、カルト宗教でもいいのかと言えばやはり違う。宗教に基づくスピリチュアルケアにも客観的に説明できることがあります」

 キリスト教のスピリチュアルケアを、英国の「根拠に基づく医療学会」などで発表したり、論文を発表したりなどして実績を重ねている。「世界の中で日本の医療におけるスピリチャルケアの分離の方がおかしいのだと、客観的に示していけるようにしています」。それらの蓄積を論文にまとめて、病院内での手引きにもしている。「キリスト教のスピリチュアルケアではキリストの救いに最終的な解決がある。信仰を強要したり、他の信仰を否定したりするのではないが、オリブ山病院では、キリスト教の救いを提供すると説明しています」

世界に学び、世界に提供する 

魂と弱さに向き合う

 全人的なスピリチュアルケアの視点を考察する上で、宣教学の学びが役立った。宣教師として活動してきた経験を持つ田頭さんは、米国フラー神学校で文化の中での宣教学を学んできた。「文化を無視して分断するのでもなく、『イエスを信じて救われましょう』で終わるのでもない。逆に、いい医療をして終わりでもない。魂と身体の両方の面が大事」と述べた。

 今年は60周年記念事業として、同病院内の次世代リーダーらとともに、ホスピス発祥の地英国を訪問し、教会に発したホスピスの歴史と現代の課題を確認した。「英国でも独居老人が増えている。ある高齢者は『自分は透明人間のように、社会から見えない存在にされている』と嘆いている。一方、街の広告を見れば、強さ、若さを過度に賞賛する文化イメージが目立つ。弱い人間は生きている意味がないと言わんばかりだ。現代日本でも、出生前診断による中絶の増加や『障害者は役に立たない』と言って殺人事件が起こるなど弱さへの配慮が脅かされている」と心配した。

アジアや国内での連携

 高齢者医療やスピリチュアルケアの必要はアジアでも高まっている。提携している中国の病院に何度も訪問して、オリブ山病院の実践を紹介している。

 「経済成長のかげで、中国の一部の人は社会の高齢化の危機に気づき始めた。まもなく急激な高齢化を迎えるのだ。日本も実は高度経済成長があった70年代には、すでに総人口の7パーセントという、高齢化社会に突入していた。唯物主義の背景のある中国社会であるが、心と魂のケアの大切さを伝える必要があります」

 高齢化社会の問題は、韓国、台湾などにもあり、アジア規模での協力関係が広がろうとしている。「この問題については、日本から提供できるソフトパワーがある」と話した。

 日本国内でも、チャプレンの在り方やスピリチュアルケアへの理解が足りないとして、大阪の淀川キリスト教病院とともに活動するアジアキリスト教病院協会、韓国や台湾のキリスト教病院協会とも協力して、チャプレン教育にも力を注ごうと願っている。