藤藪庸一牧師 (C) 2018 DOCUMENTARY JAPAN INC

風光明媚な観光名所といわれる一方で“自殺の名所”とされる場所も多々ある。和歌山県白浜町の三段壁もその一つ。1979年4月、三段壁から3Kmほどの町中に在る白浜バプテストキリスト教会の江見太郎牧師(当時)が岸壁近くに「三段壁いのちの電話」を設置し、人生に行き詰った人への救済と保護活動を開始した。1999年から現在の藤藪庸一牧師が三段壁のいのちの電話の活動を受け継ぎ、2005年には白浜レスキューネットワークを立ち上げ、現在はNPO法人の理事長を務め、その活動は発展している。毎年、電話相談は900件に上り、40人ほどの人たちを保護している。死に誘われて崖淵に立った人のいのちを希望へとつなぐ藤藪牧師たちの活動を追うドキュメンタリー。

自死願望の奥底からはじき出る
「生きたい」「助けて」の叫び

夜中の11時過ぎ、三段壁の“いのちの電話”が掛かってきた。受話器をとっても応答はない。三段壁へ行ことを伝えて受話器を置き、車で向かう藤藪牧師。現場に着くと、暗闇の海を向いてスーツケースに腰掛けている女性の姿がヘッドライトに浮かび上がる。しばし話し合い、その夜は教会の隣りにある牧師館に泊めた。

自殺未遂をして保護される人は、毎月40人台にも上る。教会ほかで150人以上の人たちに衣食住を提供している。農作物やお弁当と惣菜の店「まちなかキッチン」も白浜レスキューネットワーク事業。人命救助とともに再出発をはかる人たちが共同生活をしながら、郷里の実家や地域社会で就職活動を行い、社会復帰し自立するようサポートしている。

だが、三段壁で保護した女性は泊まっていた牧師館を出ていきバスで田辺駅方向へ立ち去った。警察の担当官と携帯で連絡を取りながら女性が乗ったバスの後を追う藤藪牧師。本人に再出発のために留まる意思を持てなければ、無理やり引き留めることはできない。自死の思いを失っていない様子が見受けられても、遠くから見送るしかない。

(C) 2018 DOCUMENTARY JAPAN INC

なぜ死にたいと思うのだろうか。かつて自殺するために佇んでいた三段壁で一人の青年が当時の想いを語る。自分が死んでも誰も気にしないし、生きていても必要とされていない深い孤立感。眼下の岩場を逆巻く海の波間にひょいと飛び降りれば確実に死ねると思っても、足がすくみ何度もためらい恐怖心が高まっていく。夜、青年は三段壁のいのちの電話で「助けてください」と心の叫びを発する。死ぬことを選び、何度も思いとどまらせた心の奥底にある“生きたい”願いからはじき出された叫び…。
何度失敗しても帰って
来られる場所として…

いつ掛かってくるか分からない三段壁のいのちの電話や電話相談への対応。「まちなかキッチン」で再出発しようとしている入所者と弁当作りなどの作業をしながら話を聞き、生活態度や借金の返済など必要なアドバイスをする藤藪牧師。そうしたサポートが信頼関係を築き、信仰へと導かれ洗礼を受ける入所者も現れる。自立して再出発する人たちのなかには、人間関係やさまざまな迷いに苛まれ死へのささやきに囚われる人も出て来る。藤藪牧師は、教会と白浜レスキューネットワークの存在が、「何度でも帰って来られる場所になるといい」と取材する加瀬澤監督に答える。実家に帰るように、戻ってはまた一歩前進できるようになれる場所。その願いと祈りは、厳しい現実にめげずに進もうとする人たちに寄り添い、いのちの主の存在を畏れつつ、いのちを希望へとつなぐ 働きの大切さに気づかせてくれる。【遠山清一】

監督・撮影・編集:加瀬澤充 2018年/日本/100分/ドキュメンタリー/英題:A step forward 配給:ドキュメンタリージャパン、加瀬澤充  2019年1月19日(土)よりポレポレ東中野にて公開。
公式サイト https://www.bokushitogake.com
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