折りたたみイス持参で訪問診療に出掛ける小堀医師。患者の問診というより、気持ちが打溶け合った年寄り談話が死を身近にした心の機(微を察していく (C)NHK

2016年(平成28)秋に厚生労働省医政局地域医療計画課が公表した「人生の最終段階の医療における厚生労働省の取組」の報告書では、従来の「終末期医療」を「人生の最終段階における医療」と名称を変更している。その理由を「最後まで本人の生き方(=人生)を尊重した医療およびケアの提供について検討することが重要であることから変更した。」としている。同報告書では、「治る見込みがない病気になった場合、どこで最期を迎えたいか」の設問に、54.6%が「自宅」と回答した2012年の内閣府の意識調査委の結果を紹介している。1951年(昭和26)では「自宅での死亡」が82.5%を占めていたが、1976年以降は自宅から病院に逆転し、2013年(平成25)では病院75.6%、自宅12.9%になり「死」は暮らしの場の自宅ではなく病院での出来事として日常生活から隔離された情況に覆われている。だが、家族には迷惑をかけたくない思いに苛まれながらも、人生の身終いを終(つい)の棲家である自宅で過ごしたいと願う人たちが人口の過半数を占めている。自宅で最期を迎えたいと願う思いを適えるためには、さまざまな情況に対応する必要がある。ターミナルケア(終末期医療)が、在宅医療へと移行しつつあるいま、地域医療の現状を知り、終(つい)の棲家で人生の身終いを望む人たちに寄り添い「死と向き合う」ことの実際と大切さに触れられるドキュメンタリー。

東大の名医、国際医療機関で活躍した医師の二人が
最後の医療現場の選択した終末期の「在宅」医療

埼玉県新座市のとある総合病院。医師2名、看護師2名と介護福祉関係のケアマネージャーらによる地域医療チームで在宅医療を実施している。病院の副院長で地域医療センター長の堀越洋一さん(56は、国立病院医療センターの外科医から国際医療協力部医師として世界30か国で活躍してきた。人の命を救うことが医療と考えてきた堀越医師が、治癒のための手立てがない末期患者の訪問診療・在宅医療に取り組むようになったのは、インドでのマザー・テレサの働きに接し、ずっと気になっていた「(医療としては)何もできないけれど人が死にゆくところに居る、ということからずっと逃げていたんだなと思った」ことに向き合い、苦手に思っていたところに身を置いたという。

もう一人は、名誉院長の小堀鷗一郎さん(80)で本作のメインキャラクター。陸軍軍医将校で明治・大正期の文豪、森鴎外の孫にあたり東京大学医学部付属病院第一外科の医師として高度な外科手術に邁進し華々しく活躍してきた。大学の附属病院を定年退職後の67歳から終末期患者の在宅医療の現場に就いた。「外科手術の職人的なところを走りすぎた反省」から、一人ひとりの患者に向き合うことをモチベーションに在宅の終末期医療に勤しんでいる。

96歳の老婦人の急変を知らされ訪問看護師、長年関わってきたケアマネージャーらとともに駆けつけた堀越医師(左端) (C)NHK

「死と向き合う」医療から
生まれるいのちへのつながり

訪問看護師を乗せてミニパジェロを運転して在宅の患者宅を回診する小堀医師。患者はみな高齢者なだけに口数は減らず一筋縄では言うことを聞かない。普段はベッド脇に簡易な調理台を繕点けて簡単な調理もこなす93歳の男性患者は、小堀医師が来ると「足が痛い、歩けない」などと訴える。それではと入院を勧めれば「お宅の入院はおっかねぇ。お前に殺されたくねえんだ」と減らず口を叩き、採決もさせない。小堀医師は、患者の入院は患者本人もだが、在宅介護する69歳の息子さんの休養のためにもと気遣う。

自宅で最期をと願うのには、施設への入居や介護保険さえも負担に感じているケースもある。80代の夫婦。認知症の妻を世話する夫。妻は1年以上も2階の部屋から出ていない。金がかかると心配して介護サービスを利用してこなかった夫に、堀越医師は介護サービスの仕組みを丁寧に説明してきたのが実を結び訪問看護師とケアマネージャーが初めてやってきた。便秘に苦しんできたが排便や2年ぶりの入浴でさっぱり。布団から介護ベッドに代わったが、妻はもう「呼ばなくていい」と機嫌を悪くし、元気もなくなっていく。介護サービスで夫は助かることが多くなるが、部屋の環境が変わり居心地も不自由さに気が沈んでいく妻。医療・介護と患者本人の思いの複雑さ難しさが伝わってくる。

小堀医師は週に一度、80歳以上の入院患者の病室を回診する。その一人、クリスチャンの89歳の肺がん患者の最後の願いを適えて見送りたいと幾つかの教会に電話で問い合わせる。終油の秘蹟の執行を受諾してくれた神父が病室に到着し、患者の娘さんと小堀医師がその祈りの心を合わせる…。

小堀医師は、患者宅を訪ねると患者の身の回りの話題など気さくな会話を交わしながら、患者と介護する家族の情況を気遣う。自宅で最期を迎えたいと願う思いを適えるためには、さまざまな情況に対応する必要がある。老老介護に極度な疲労が見受けられる家族、自分の身の回りの変化を嫌いさまざまな福祉制度を受けようとしない患者もいる。小堀医師は、時間をかけて患者と家族との信頼関係をつくりながら「死」が近いことをしっかり語っていく。「死と向き合う」ことから逃げない医師と患者・家族との関係は、死を覚悟しているいまを精一杯生きたいという想いが響き合っているかのようだ。実際、在宅での最期を看取る情況も映し出されるが、死は病院や施設のなかの隔離された出来事ではなく、死は暮らしの中でわが身に起こる現実でもあることの大切さを実感させられる。【遠山清一】

監督:下村幸子 2019年/日本/110分/ドキュメンタリー/ 配給:東風 2019年9月21日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムにてロードショーほか全国順次公開。
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