匡郎は、自分の生い立ちと重なる鞠を放っておけずに守ろうとする (C)上西雄大

親による児童虐待の死亡事件や裁判報道が後を絶たない。2017年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待件数は13万3778件に上り前年度比9.1%増、」1990年度に集計を開始してから27年間連続で増加していた(厚生労働省公表)。親から虐待された子は成人して親になると自分の子を虐待するといわれる負の連鎖は断ち切れないものなのか。親や再婚相手など大人たちは、なぜ子どもを虐待するのか。監督・脚本の上西雄大は自ら主演し、児童虐待の行為を止められない大人、他人事のように見過ごす大人たちへの怒りだけでなく虐待を止められない者と虐待された傷と苦しみを負うものとの関係修復を見据えたシリアスな物語を熱く語っている。

自分の生い立ちと重なる
幼い鞠を護る匡郎の人生

朝。小学生の北村鞠(小南希良梨)が目を覚ました。鞠のほかは誰もいない散らかり放題の部屋。冷蔵庫には何もなく食べる物はない。電気もすでに止められている。外に出ようとしても玄関ドアは、外側から南京錠が掛けられていて開かない。突然、ベランダ側の窓ガラスが何かで割られた。咄嗟に冷蔵庫の陰に身を隠す鞠。だが、空き巣に入った金田匡郎(まさお:上西雄大)にすぐ見つかる。ゴミ袋が散乱し、食べ物もない部屋の様子で鞠が育児放棄されている娘だと察しが付く。匡郎は、自分も母の佳代(徳竹未夏)に育児放棄され、母の恋人・青木健次(城明男)から暴力を受けていたことと重ね合わせる。一度部屋を出て怯える鞠に食べ物を買って帰ってくる。右手の甲にタバコの火を押し付けられた痕跡が3つある。ガスも止められている。玄関ドアをけ破って、鞠を外に連れ出す匡郎。食事を摂り銭湯に行かせようとするが嫌がる鞠。左の鎖骨あたりにアイロンでの火傷の痕を見つけて納得する。そこで出会った幼なじみの木下智子(西川莉子)に無理やり鞠と銭湯に行かせる。

不登校が続く鞠を心配した担任の美咲教諭(溝矢可奈子)が家庭訪問に来た。鞠は母親のことを悪く言わず、匡郎も親戚だと言って取り繕い美咲を追い返す。匡郎の留守中に鞠の母親・凛(古川藍)とヤクザで恋人の加藤博(税所篤彦)が帰ってきた。外鍵が壊されていることに驚く凛。匡郎のことは何も言わない鞠。凛には懐くが、博には怖気づく鞠。匡郎が戻ってきたことで、博は凛をなじり、匡郎ともめて暴力沙汰になり刺殺されてしまう。車に博の死体を運び、凜に手伝わせて山中に埋める。凜を毒づきながら無理やり鞠の面倒をみさせて母親らしくさせようとする匡郎。三人の奇妙な同居が始まる…。

匡郎に懐いていく鞠だが、無理やり母親らしい振舞を強要される凜は反抗的な態度をくずさない… (C)上西雄大

負の連鎖を断ち切らせるものは

自分の親や大人たちから虐待を受けて育った匡郎、凜、鞠たち。匡郎は、母親を恨み続け窃盗暮らしの破綻した人生を歩んできた。娘をどう愛していいか分からない凜だが、鞠はそんな凜を母親として愛そうとする。そんな鞠をどんなことをしても守ろうとする匡郎は、不器用だが鞠を自分と同じ破綻者にはさせない強い思いがあふれ出ている。虐待されて育った子は、自分の子どもを虐待する親になる。いじめられっ子は社会に出ていじめ人間になるともいわれる。運命論的な負の連鎖は断ち切れないものなのだろうか。人を殺し死体遺棄した匡郎には、警察の手が伸びてくる。負の連鎖と大人への怒りが渦巻く物語だが、最後のシークエンスで、負の連鎖といわれる関係の質を断ち切る展開が提示されていた。人は独りでは生きて行かれない存在であり、怒りだけでは人生を回生できないこと指し示している。“愛”を信じさせてくれるメッセージが強く伝わってくる映画だ。【遠山清一】

監督・脚本:上西雄大 2019年/日本/117分/ 配給:渋谷プロダクション 2020年3月14日[土]よりユーロスペースほか全国順次公開。
公式サイト https://hitokuzu.com

*AWARD*
2019年:ミラノ国際映画祭ベストフィルム賞(グランプリ)・主演男優賞(上西雄大)受賞。ニース国際映画祭主演男優・助演女優賞(古川藍)受賞。賢島映画祭特別賞・主演女優賞(小南希良梨)受賞。熱海国際映画祭最優秀監督賞」(上西雄大)・最優秀俳優賞(小南希良梨)受賞。マドリード国際映画祭最優秀助演女優賞(古川藍、徳竹未夏)受賞ほか多数。