「ここで1500人もの人が亡くなったと思うといたたまれませんよ」。夕闇に覆われた岩手県陸前高田市で車を走らせながら村谷正人牧師(日本キリスト教団大船渡教会)は語った。
 陸前高田市は東日本大震災の津波で市街地が壊滅、全世帯の7割以上に被害があった。3月3日に記者が訪ねたとき、数キロに渡る平野全体が更地となり、所々でパワーシャベルが土を盛り上げていた。
 大船渡市は陸前高田市から約10キロ。三陸沿岸の中心的な港湾都市で、ここも津波の甚大な被害を受けた。大船渡教会は信徒15人ほどだが、陸前高田市在住の信徒が1人死亡、家族を亡くした信徒は2人、自宅を流出した信徒は5人。職場の被害もある。会堂は標高15メートルの高台にあるものの、数メートルそばの道まで津波の水が到達。建物の壁にはややヒビが入った。
 村谷牧師は昨年4月に新任予定だった。震災10日後に現地に入り、救援活動をしながら前任牧師からの引き継ぎをした。神学生時代は阪神大震災のボランティアに参加、初任地では鳥取県で2000年の鳥取県西部地震、2004年には愛媛県で水害に遭遇した。その経験とともに、市の社会福祉協議会ボランティアセンターが教会から3分の地にあったことから、行政と協力する支援活動をした。ときには社会福祉協議会からボランティアの宿泊を頼まれた。市のコンサートホールや体育館が物資倉庫、遺体安置所などになっていた時期は東京から支援に来た交響楽団のコンサート会場として教会を提供したこともあった。
 教団からの支援とともに、青山学院、北海道の酪農学園大学などキリスト教主義学校や諸団体、諸教会からの救援があった。チェロ奏者のべアンテ・ボーマン氏やゴスペルシンガーの福澤路津子氏が訪れ演奏会を催したり、 韓国オンヌリ教会が訪れ地域に伝道し、コリアンナイトには仮設住宅や地域から大勢の人が教会にくることもあった。
「普段は15人ほどでの礼拝だが、支援の人々で数十人になることもあった。いろんな人が入って『こういう信仰もあるんだな』と思える新しい風をもたらした」と支援の喜びを話す。被災地の教会は支援の受け入れに疲労することもあるが、村谷牧師は終始笑顔だ。