有名講師として成功したが、亡父が語っていた励ましの言葉が自分と同様に貧しさのため進学できない子どもたちに無償で教育することを決意させる (C) Phantom Films, N&G Ent, Reliance Ent, HRX Films.

もっと知りたい、高度な問題・課題を解いて研究・実社会に活かしたい…そうした学習意欲を追求して希望の研究者や職業人になりたいと願う貧しい生活層の子どもたちに、資材を投げうって手を差し伸べている実話の映画化。その素朴な夢を妬み、妨害する者たちに立ち向かう波乱万丈の半生を、インド映画のミュージカルな演出で痛快に仕上げている。

工学と科学技術分野では世界最高の教育機関と謳われるインド工科大学(IITs、インド国内に23校設立されている)。インドでも国立大学の入試突破を目指す進学塾は高額な授業料で社会的ステイタスある家庭の子女が多い。だが、身分制度の文化が根強いなかでインド全国の貧しい社会層の子女たちの中から才能のある優秀な30人を選抜。1年間無償で寮と食事と教育を施すIIT専門の“スーパー30”進学プログラムがある。2003年に開塾され毎年20人前後が合格し、2008年から3年にわたって30人全員合格した実績を持ち全世界から注目されている。創設者は、数学は優秀だったがやはり貧しい家庭のため大学進学が叶わなかった経験を持つ数学教育者アーナンド・マクール。彼の半生と“スーパー30”設立までの実話をもとに映画化された本作は、インド映画のミュージカル風演出で、人間の才能を引き出し、活かす能力を高める教育の大切さと教育を受ける権利の本質とともに、格差社会の問題性を問いかけている。

貧しさで恋も留学も
あきらめた天才数学者

物語は、航空宇宙エンジニアのフッガー・マクール(ヴィジャイ・ヴァルマー)が、授賞式で貧しい郵便局員の息子の恩師アーナンド・マクール(リティク・ローシャン)を紹介するスピーチから始まる。1996年のラーマーヌジャン数学大会で金メダルを獲得したアーナンドは、恋人のスプリヤー(ムルナール・タークル)に金メダルを見せに行く。良家の娘の彼女とは家の格式が違うため、大会で受賞し彼女の父親に交際を認めてもらおうと二人で相談していた。同時期にケンブリッジ大学の学術誌に送り続けていた数学理論が教授に認められ、掲載と入学許可の通知が届いた。いつも「もう王の子供は王じゃない。王になるのは能力ある者だ」とアーナンドの勉学を励ましていた父親は喜んで退職金を前借り。また、金メダル受賞者には支援を惜しまないと公言していた州の教育大臣ラーム・シン(パンカジ・トリパティ)に、留学の資金援助を父子で請いに行った。だが、大臣には認めなかった。折悪く無理を重ねた父親が急死。アーナンドは、留学もスプリヤーとの結婚も諦めた。

アーナンドは、母親が作るパーパル(豆類を生地にした薄焼きせんべい食品)を町で売り歩いているときIIT専攻の進学塾を経営するラッラン・シン(アーディティヤー・シュリーワースタウ)と町で出会い、塾の講師にを招かれる。大会で金メダルを獲得したばかりのアーナンドは、宣伝効果もあって有名講師になり授業も評判がよく、瞬く間に成功する。暮らし向きはよくなったが、これが「もう王の子供は王じゃない。王になるのは能力ある者だ」と励ましてくれた父親に喜ばれる姿なのか。アーナンドは、貧しくて才能があるのに勉強を続けることができない子どもたちのため私塾“スーパー30”を立ち上げる。だがそれは、看板講師を失ったラッラン・シンたちに命をも狙われる妨害工作の始まりとなる…。

アーナンドは子どもたちに受験テクニックではない授業を教えていく (C) Phantom Films, N&G Ent, Reliance Ent, HRX Films.

才能を活かす能力を
高め合う子どもたち

実在のアーナンド・クマールを演じるリティク・ローシャンは、「この映画は希望の映画だ。脚本を読んだ時、やらなければならないと感じた」という。物語の後半は、オーディションで選ばれた31人の生徒たち、その中には“スーパー30”で学ぶ実際の生徒も含まれていた。身分制度の壁、英語を克服する壁、少ない教材をみんなで活かす工夫など、生徒たちのリアルな演技は、才能を活かす能力を育てるアーナンドのひた向きさと創意工夫を引き立てる。

聖書に、主人が3人のしもべにそれぞれ5タラント(お金の単位)、2タラント、1タラントを預けて旅に出かけるタラントの譬えで語ったイエス・キリストの教えがある。主人が返ってきた時、預かった財産を倍に儲けて主人に返したのは5タラントを預けられたしもべだけだった。主人はそれぞれに才能を認めて財産を預けたが、主人の信頼に疑念を抱き、何もしなかった2人のしもべたち。才能は、才能を活かす能力を働かせて発揮される。自分と同じ貧しい生活層の子どもたちの夢と希望を養成する実話の物語に、5タラントを活かした真摯なしもべを想い起こさせられた。【遠山清一】

監督:ビカース・バハル 2019年/154分/インド/ヒンディー語/映倫:G/原題:Super30 配給:SPACEBOX 2022年9月23日[金]より新宿ピカデリーほか全国順次ロードショー。
公式サイト https://spaceboxjapan.jp/super30/
公式Twitter https://twitter.com/super30_jp