病気を診断され、これまでの人間関係を振り返る末永周平 (C)2022『逃げきれた夢』フィルムパートナーズ

若い映画クリエイターの商業映画デビューを支援する第22回フィルメックス新人監督賞グランプリを受賞した二ノ宮隆太郎監督作品。定年間近の定時制高校の教頭が、進行性の病に罹り人生のターニングポイントに直面する姿を描いている。真っ向からの人生論はなく、家族や周囲とどこか噛み合わない会話劇の妙味に魅き込まれる可笑しくも切なさを醸し出している物語。

定年間近に記憶障害の
診断受け揺れるこころ

定年が近づいてきた末永周平(光石 研)は、北九州で定時制高校の教頭を務めている。母親は既に他界しており、認知症が進んでいる父親(光石禎弘)を入居している養護施設によく見舞いに行く。「いやー参ったよ。どうしようかね、これから」と、医師から記憶が薄れていく症状の情況を告げられた思いを語るが、父親は息子と認識しているのかどうかも定かでなく、ただ無言のまま遠くを見ている。

翌日、周平は、家族や友人、生徒たちなどとのこれまでの人間関係を見つめ直そうと決意する。リビングに降りていくと、妻の仕事休みで家にいる一人娘・由貴(工藤 遥)がソファーに寝そべってスマホを操っている。周平が「恋人はいないのか」と話しかけると、日頃コミュニケーションのない父親からのの突然の干渉に驚き、「どしたん? なんかあったん?」、「気持ち悪すぎなんやけど。どしたん? 死ぬん?」と訝られる。

学校へ出勤前の腹ごしらえは、4年ほど前に卒業した元教え子の平賀 南(吉本実憂)が店員をしている定食屋の日替わり定食。だが、この日は会計を済ませずに店を出てしまった周平。南が追いかけて来て呼び止められた周平は、あわてて財布から千円札を出すが、ふと「俺、病気なんよ。忘れるんよ」と、言いながら代金を渡さず振り向いて学校へ向かって歩き出す。学校ではいつもどおりに淡々と仕事をこなした周平。

翌日、すっかり夫婦関係が冷え切っている彰子(坂井真紀)にスキンシップを試みるが、「いまさら、なに」ときっぱり拒否されてしまう。定食屋の南が昨日の代金を立て替えたことを知り、「今度お礼するから」と謝る。だが、南が連絡にと携帯の番号を教えようとすると、受けずに立ち去ってしまう周平。この日は、学校に嘘の連絡で休暇を取り、幼なじみでバイク屋の跡継ぎ石田啓司(松重 豊)を訪ねて夜の会食を約束し病院へ診断結果を聞きに行く。楽しい石田との会食だったが、病気のことは石田に言えず40年ぶりに口げんか。帰宅すると、彰子と由真に「学校を辞める」と告げるが、二人の反応は周平をねぎらう言葉もなくあっさり受け止めるだけ。周平が理由を言おうとしても引かれて、呆れられる。

周平の元教え子。南も卒業して4年、自分の生き方に思い悩みんでいる。 (C)2022『逃げきれた夢』フィルムパートナーズ

お礼にと誘った南を、周平は自分の懐かしい場所に案内して連れ歩くが興味なさそうな様子。喫茶店に入った南は、自分の内に秘めていた悩み事を打ち明けるが、答えるべき言葉が見つからない周平。学校では、生徒たちに何でも相談してくれと優しく声をかけてきたつもりだが、生徒たちには周平の対応に心のなさが見透かされ、つきつけられているいるようなこの数日。何を考えているのか読み取れない南の相談に、周平は自分の心のなかも揺れていく。

人生のターニングポイント
に想う“ケ・セラ・セラ”

病気の診断にショックを受けて、自分の人間関係を見つめ直そうとする物語の始まりだが、闘病記のような重々しさは感じさせられない。家族との関係は冷え切っているが、それがどう発展するかが語られるわけでもない。これといった事件が起こるわけでもなく、クライマックスといえるのは、自分の人生を変えたいと思い悩んで周平に相談する南との会話。どこか転換点を意識しつつ何をどうするかがはっきりしない二人。会話の噛み合わなさも妙味を醸していてどこか哀しくもあり可笑しくもある。

人生譚には、それなりの人生観や正しさなどが強調されるイメージもあるが、そうした大上段の価値観を押し付けられるわけでもない。それでいてなぜか妙味の味わいが愉しめる。観終わって、昭和30年代のヒット曲“ケ・セラ・セラ”のイメージが、ふとよみがえってきた。歌の邦題は“なるようになる”。スペイン語の本来の意味には、「人生は自分次第でどうにでもしていける」というニュアンスもあるそうな。ただ、風まかせの投げやりとは異なる、自分次第でどうにでもなる諦めは、夢に向かっても、今していることさえすぐ忘れてしまうような、心配事への用心も後悔することもない前向きな諦観があるのかもしれない。本作は、今年5月に開催された第76回カンヌ国際映画祭で、市場原理に抵抗する芸術的な作品を支援するために映画作家たちが創設したACID(インディペンデント映画普及協会)部門に選出された。日本的な新たな人生譚に興味が持たれつつあるということの兆しなのか。【遠山清一】

監督・脚本:二ノ宮隆太郎 2023年/96分/日本/映倫:G/ 配給:キノフィルムズ 2023年6月9日[金]より新宿武蔵野館、シアター・イメージフォーラムほか全国ロードショー。
公式サイト https://nigekiretayume.jp
インスタグラム https://www.instagram.com/nigekiretayume/

*AWARD*
2023年:カンヌ国際映画祭ACID部門正式出品 2019年:フィルメックス新人監督賞グランプリ受賞作品。