「仕事と信仰について考える時、『クリスチャンである』というだけで、仕事面や人間関係面において自動的に何か違いを生み出せることはない、と私は思っています。ただ、あえて何か違いがあるとすれば、何をするにも、自分の中でその動機が問われるということでしょうか」。そう語るのは、早稲田大学で政治学を教える厚見恵一郎さん(49)だ。授業で学生の前に立つ時、重要な書類に記入する時、会議の司会をしなければならない時、「神様、あなたの御名を傷つけることがないよう、助けてください」と、思わず祈らされる機会が少なくないと言う。
 政治学と言うと、現代の国政のあり方、国際関係の動向や政界の裏事情などを扱う学問では、と想像させるが、厚見さんは「これらとは縁遠い西洋政治思想史という領域」を専攻。中でも権力政治と権謀術数の権化と言われるルネッサンス期の政治家マキァヴェッリの思想を研究している。「財を媒介とする経済の世界や制度を媒介とする法の世界とは異なり、政治は人間の生のままの野心や理想が、言論、時には暴力を介してぶつかり合う世界かもしれません」
 しかし、厚見さん自身は、そんな世界には似つかわしくないような、穏和で、誠実さ、腰の低さを感じさせる人だ。「いじめられっ子として子ども時代を過ごし、今もって社交を苦手とする政治嫌いの私が、なぜ政治学などをやっているのか自問しています」とも言う。(6月5日号で詳細)
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