ルイ園長は、チュチュの悲しみを受け止めながらも厳しい現実を乗り越えていくよう語りかけていく。 (C)2015 Universe Entertainment Limited All Rights Reserved
ルイ園長は、チュチュの悲しみを受け止めながらも厳しい現実を乗り越えていくよう語りかけていく。 (C)2015 Universe Entertainment Limited All Rights Reserved

子どもの何らかの才能や性格の良さを引き出す教育、競争社会を勝ち抜くために高学歴エリートを目指す教育。保護者の社会的ステイタス、生活環境などによって施される教育環境はそれぞれ異なるが、どの家庭の子どもたちもただ与えられた教育環境を受け入れることしかできない。では、それぞれの教育環境で働く教育者はどのように子どもたちと向き合えるのだろうか。実話に基づくこの物語を観て、教師の仕事と存在は「命がけで他人(ひと)の人生に影響を与えることよ」と語る主人公の言葉に、労働時間と達成率で測られつつある教師像の原点回帰への祈りが聞こえてくる。

【あらすじ】
ホンコンのエリート家庭の子どもたちが通う有名なインターナショナル幼稚園の園長を務めるルイ・ウェホン(ミリアム・ヨン)は、家庭ではいくつもの習い事に追われ幼稚園でのテスト成績も満点を期待されている園児たちの心的ストレスの深刻さに深く悩まされていた。この日も、テストで100点を取れず落ち込んでいる園児の両親と面談したが、子どもにはできる能力がある信じているため話がかみ合わない。幼稚園の教師たちも高額寄付者の両親の顔色を見るばかりで、園児を守る観点からのアドバイスはなされない。ルイは、校長職辞任を決意し、2か月後に退職する手続きをして帰宅する。

博物館で展示デザイナーを務める夫のドン(ルイス・クー)は、腫瘍の手術を終えた後のルイの健康を気遣い夫婦での世界一周旅行を提案していただけに、園長退職の報告を喜んで受け入れた。ドンの博物館との契約はあと半年で終了する。ルイは、世界旅行のためにフランス語教室や体調管理のためスポーツジムに通い始める。だが、テレビで、郊外の元田村にある元田幼稚園が経営危機のため校長がおらず5人しかいない園児が1人でも減ると閉園と決定されたというニュースを報じていた。新聞を読むと、園長を募集しているが財政難のため月給は4500香港ドル(約6万円)という薄給なため応募者はいないという。

夫ドンはルイの思いに理解を示すが、手術後の経過と体調にも心配を隠さない。 (C)2015 Universe Entertainment Limited All Rights Reserved
夫ドンはルイの思いに理解を示すが、手術後の経過と体調にも心配を隠さない。 (C)2015 Universe Entertainment Limited All Rights Reserved

ルイは、終業式までの4か月間に子どもたちをほかの幼稚園へ転園させ、きちんと閉園の手続きをしてあげたいと心が動いた。夫のドンを説得すると元田幼稚園の園長に応募した。幼稚園の理事長(スタンリー・フォン)から提示された条件は、月給4500香港ドルで園長、年少・年中・年長クラスの教師を一人で担う、用務員もいない。それでもルイは、すべて了解の上で園長を引き受けた。

マスコミ報道された影響で5人の園児たちは、親から言われて全員マスクで顔を隠している。ルイを初めて見た時もマスコミと勘違いしてか「悪い大人が来た!」と叫んで物陰に隠れる。子どもたちと打ち解け合うのは、教師としてやりがいのあること。園児たち一人ひとりの特長や家庭環境を理解していくルイは、家庭訪問もこまめに重ねていく。年長のカカ(フー・シュイン)は、事故で右足を失い気落ちして父親が何かと母親に当たりチ散らし夫婦ケンカが絶えないことに心を痛めている。年中のシュシュ(ホ・ユエンイン)板金加工の仕事が来なくなり鉄くず拾いをしている父親の食事作りなどの家事をこなし、鉄くずを業者に売りに行く手伝いもしているしっかり者。双子の姉妹キティ(ザハ・ファティマ)とジェニー(カン・ナヤブ)は、芋洗いなどしてスラム街の食堂で働くインド人夫妻の両親を手伝っている。年少のチュチュ(ケイラ・ワン)は、数か月前の雷雨の日に両親を事故で亡くしハンおばさん(アンナ・ン)に引き取られたばかり。まだ両親の死を受け入れら得ないチュチュは雷雨にあうと「雷おばけに食べられちゃう」と叫んで逃げ回る。

園児たちの家庭はどこも貧しいためとても転園を進められる状況ではない。閉園間近の幼稚園に園長が来たことは、マスコミにも大々的に報道し話題になった。だが、村人たちには、お節介な売名行為のようにも見て取れて、どこか冷ややか。あげくには、4か月まで幼稚園が持たずに閉園になるかどうかで賭けている。だが、マスコミで話題になったルイ園長の前向きなイメージは、社会的に高い好感度で受け入れられている。そんなルイ園長に大手慈善団体・宝思教育センターのチン・ボウイ代表(サミー・リョン)から資金援助の申し出が持ちかけられてきたが…。

園児募集のためのポスター用写真を撮り、目いっぱいの笑顔でみんな頑張るのだが (C)2015 Universe Entertainment Limited All Rights Reserved
園児募集のためのポスター用写真を撮り、目いっぱいの笑顔でみんな頑張るのだが (C)2015 Universe Entertainment Limited All Rights Reserved

【みどころ・エピソード】
なんといっても5人の園児たちの健気さ、かわいらしさにはどうしようもなく引き付けられる。この年代の子どもたちは、自分の存在感を全力かけて訴えてくる。それを受け止める大人も本来は全力をかけて然るべきなのだろう。だが、幼児・児童虐待の悲しい報道が絶えない現代、ルイ園長の自己犠牲を惜しまずに子どもたちを守ることに全力を尽くす在り方は教育者とはどのような存在なのかをあらためて問いかけている。

テーマは、貧困層の人々と幼児教育の厳しい現実を取り上げているのだが、物語の展開に園児たちの一途な姿が笑いと涙で大人たちの心を揺さぶる。エンターテイメントとして愉しさと感動を無理なく織り込んでいる演出が心憎い。2015年香港映画興収ランキングNo.1を獲得したことがうなずける。 【遠山清一】

監督:エイドリアン・クワン 2015年/香港=中国/中国語(広東語)/112分/映倫:G/原題:五個小孩的校長 英題:LITTLE BIG MASTER 配給:武蔵野エンタテインメント 2016年11月5日(土)より新宿武蔵野館リニューアル・オープニング・ロードショーほか全国順次公開。
公式サイト http://little-big-movie.com
Facebook https://www.facebook.com/littlebigmovie

*AWARD*
2015年:アジアフォーカス・福岡国際映画祭2015観客賞受賞、第35回香港電影金像奨主要5部門(作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、助演女優賞)ノミネート作品。