(C)2015 NORD-OUEST FILMS - ARTE FRANCE CINEMA
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さまざまな分野での機械化・ロボット化など企業経営の効率化が進み、人間は“言葉をしゃべる資源消費材”化されつつあるのだろうか。仕事としては正しくとも、人間の尊厳が損なわれるような状況へと追い込まれる圧迫感。失業の苦境からようやく得た仕事は、本作の原題“La loi du marche”(市場の法則・掟)のシステムに組み入れられ、心が抑圧されるような憂鬱を抱えたまま生きていけるものだろうかと、現実社会の厳しさをリアルの描きながら見る者に問いかけてくる。

【あらすじ】
長年、工場の技師として働いてきたティエリー・トグルドー(ヴァンサン・ランドン)は、コスト削減を追求する会社の経営方針のため工場閉鎖、51歳で解雇された。それから1年半、公的職業紹介機関の勧めでクレーン技師の講習を受け資格も取得したが、未経験者は雇えないと断られ続け職業紹介機関に「無駄な研修をなぜ受けさせた」とクレームをつける。だが職員は、アドバイスと企業を紹介するまでが職務だと開き直る。

ティエリーは、妻と障がいのある息子との3人暮らし。積極的に息子の介護をこなし、自分も妻とともにダンスのレッスンを楽しむなど家族のライフスタイルは出来る限り崩さない。金融機関のアドバイスでは、住んでいるアパートの売却を進められるが、あと数年でローンが終わるので住み続けたと言って渋る。当座の生活費に役立てようと所有しているトレーラーハウスを売りに出すが、購入希望者との値引き交渉に苛立ち追い返してしまう。

失業が2年を超えると失業保険の受給額が減額される。かつての工場の同僚から不当な工場閉鎖として一緒に訴訟しないかと誘われるが、失業中に裁判闘争には参加できないと言って断るティエリー。就職活動でようやく見つけたのはスーパーマーケットの店内監視員の仕事だった。店内の見回りや監視カメラをチェックして万引きを摘発する。「払えれるものならはらうさ」と居直る老人。「携帯の電源チャージを盗んで来いと脅されてやったんだ」と言い訳する若者。それぞれの状況から暮らしの厳しさや世相の一端が見えてくる。監視の対象はお客の万引きだけはない。お客が受け取らないサービスクーポンをねこばばしたり、ポイントカード持たないお客ポイントを自分のカードに入力するなどレジ係の不正処理するのも監視係の仕事になっている。

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ある日、長年勤めていてお客の評判もいいレジ係の女性が、カードのサーヴィスポイントを自分に付けている不正処理が発覚した。その女性は素直に謝ったが、店長はティエリーが目撃したことを確認すると、会社の方針に従い指導も警告もせずに即刻解雇処分とした。その夜、レジ係の女性は店内で自殺した。会社への抗議を込めた行為であることは、職員の誰もが感じ取っていた。だが翌朝、会社の担当者は、「解雇した後の行為であり職員の皆さんにも何ら責任はない」と説明した。数日後、ティエリーは黒人女性のレジ係が不正処理をしているのを見つけ、別室へ連れてきた。「あなたも私を告発するの?」といぶかる一言を聞き、ティエリーは何かをを決断したかのように部屋を出ていく…。

【みどころ・エピソード】
IMFのレポートによれば2016年4月時点のフランスの失業率は10.14%と高い。そのような社会状況の厳しい空気感や、ティエリーを演じるヴァンサン・ランドンの演技がリアルで身につまされる。そのリアルさは、同僚のレジ係や監視員、店長、本社のマネージメント担当者などほとんどの配役は、実際にその仕事をしている人たちが集められた。俳優のヴァンサン・ランドンを除いてほとんどは素人の人たちが演じているが、現場で働いている身のこなしや尋問の雰囲気などはシビアなリアル感を醸し出している。

ラストシーンでのティリーの行動には、さまざまな見方ができる。仕事として正当な告発なのだが、不正処理をした職員を指導することも警告することもなくいきなり解雇する非情さに怒るのみで何もできない苛立ちだけで、また職場に戻らざるを得ないことへの予感。あるいは、厳しい経済社会の法則・掟に苛まれていく苦境から人間としての尊厳を保てる環境を求める決意と行動への予感。本作は、フランスで100万人を超える観客を動員し、カンヌ国際映画賞とフランス・セザール賞の主演男優賞をダブル受賞している。たんに市場を生き抜くために企業の厳しい方針に人間が組み入れらていく重苦しさをリアルに描くだけの作品に多くの観客動員と感動が湧くものだろうか。フライヤーのキャッチコピーには、「まだ、勝負は終わっていない」と謳っている。人間らしく生きようとするティエリーの勝負をしっかり見つめたい。 【遠山清一】

監督:ステファヌ・ブリゼ 2015年/フランス/92分/シネマスコープ/原題:La loi du marche 配給:熱帯美術館 2016年8月27日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開。
公式サイト http://measure-of-man.jp
Facebook https://www.facebook.com/ティエリートグルドーの憂鬱-288801478120595/

*Award* 2015年:第68回 カンヌ国際映画祭コンテペッション部門男優賞(ヴァンサン・ランドン)、エキュメニカル審査員賞受賞作品。2016年:フランス・セザール賞主演男優賞受賞作品。