映画「湯を沸かすほどの熱い愛」--余命2か月余のお母ちゃんの愛情に応えた壮絶な家族愛とは
フライヤーのコピーに記されているとおり“死にゆく母と、残される家族が紡ぎだす愛”をテーマに掲げた笑いあり、涙ありで結末は奇想天外なドラマ。大いに笑えるのだが喜劇ではない。主人公の銭湯のおかみさんは、ある日突然、がんでステージ4と診断され余命2か月を宣告されのだから、人生これほど悲劇的な情況はない。ところが、この風呂屋のおかみさんは、残されたわずかな日数ですべきことをしなければと奮い立つ。それはまさに、家族の再生であり、自分の出自にまつわる決着をつけること。自分は、何のために今を生き、存在しているのか。それは、家族を守り、愛するため。ひとを愛することの強さと素晴らしさに胸が熱くなる。ほんとうに湯が沸くほどに。
【あらすじ】
栃木の地方都市にある銭湯「幸の湯」のおかみさん幸野双葉(宮沢りえ)は、一年前に夫・一浩(オダギリジョー)が蒸発したため仕方なく休業し、パン屋でアルバイトしながら高校生の一人娘・安澄(杉咲 花)と留守を守っている。優しい性格で少し引きこもりがちな安澄は、クラスでいじめにあっている。絵具で制服や髪の毛を汚されても「自分でやった」と教師たちに言い張る安澄。それでも双葉は、学校を休ませない。「自分で考えて立ち向かわない限り何も変わらないよ」と、現実から逃げるようなことはさせない。励まして送り出す。その双葉が、仕事中にお店で倒れた。医師の診断は、すい臓がんが転移していてステージ4のレベル、余命2か月と宣告された。
絶望感に打ちひしがれていても現実は変わらない。双葉は、死ぬまでにやっておかねばならないことを実行しようと意を決する。まずは・蒸発した夫を連れ戻して銭湯を再開する。・気が優しすぎる娘の安澄をしっかりと独り立ちさせる。・安澄をある大切な人に引き合わせる。そして、自分の心に引っかかっているあることを確かめる。
滝本(駿河太郎)という妻に先立たれて幼い娘を育ている探偵に依頼したところ、一週間で夫の一浩が隣町にいることを報告してきた。双葉が訪ねて行くと、一浩の子どもだと言って小学生の娘・鮎子(伊東 蒼)を置いて同棲していた女には逃げられたという。双葉は、自分の病状を打ち明けて一浩を連れ戻し、鮎子も引きとる。早速、家族全員で風呂屋の大掃除を始め、営業を再開させる双葉。一方で、安澄へのいじめはエスカレートしていき、体操の時間に制服を隠されてしまう。それでも新しい制服を買って済すようなことはせず、激しく抵抗する安澄に自分で立ち向かう様に仕向ける双葉…。
双葉はまだ体力があるうちに安澄と鮎子に自分の病状を話すことと、長年気にかけてきた安澄の秘密を打ち明けるため伊豆の戸田港へドライブ旅行へ出かける。途中、サービスエリアでヒッチハイカーの向井拓海(松坂桃季)を同乗させる。気さくな好青年の拓海に、すぐに打ち解ける娘たち。だが、双葉は覇気のない拓海から母親を知らない身の上や何の目標も人生の目的も持ちたくないいう告白を聞き腹立たしさを覚える。北海道出身と嘘をついていた拓海に、「日本の最北端を目指しない。それがあなたの目標よ」と励まして送り出す。戸田に着いて港から見える富士山の絶景に驚嘆する3人。レストランで目的の高足カニを注文すると耳の不自由なろうあ者の女性店員・酒巻君江(篠原ゆき子)が応対に出てきた。毎年、幸野家に高足カニを送ってきた人で双葉が安澄に引き会わせなければ思い続けていた人。その目的を果たせたとき、双葉は急変し倒れた…。
【みどころ・エピソード】
一年ぶりに帰宅しても何事もなかったように日々暮らす一浩のとぼけた味と、何事も熱いハートで包み込む双葉とのコントラストから生まれる笑いは絶妙。いじめに遭い引き込みがちな安澄を一歩踏み出させようとする双葉との激しいやり取りには胸が痛い。その母子の真剣勝負を見ていて鮎子は、家族の関係に引き寄せられていく。残されたわずかな余命に全力全霊をかけて“家族”の関係の絆を蘇えらせようとする双葉。その惜しみなく自らを注ぎ込み、関わる人たちを受け止めて包み込もうとする双葉の生きざまに、「たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。」と語る聖書(Ⅰコリント13章3節)の言葉が思い浮んできた。 【遠山清一】
監督:中野量太 2016年/日本/125分/映倫:G/ 配給:クロックワークス 2016年10月29日(土)より新宿バルト9ほか全国ロードショー。
公式サイト http://atsui-ai.com
Facebook https://www.facebook.com/atsui.ai.movie/
*AWARD*
2016年:第21回釜山国際映画祭A Window on Asian Cinema部門上映作品。第40回モントリオール世界映画祭Focus On World Cinema部門上映作品。