戦争で心に深い傷を負ったトムはイザベルとの出会いで人生に光を見いだす (c)2016 Storyteller Distribution Co., LLC

だれもが心の中の暗い海を照らす光を必要としている。そうした人生の荒波に射す光の温もりを美しく物語っている本作の原作『海を照らす光』(原題“THE LIGHT BETWEEN OCEANS”:古屋美登里訳、早川書房刊)の著者M・L・ステッドマンは、完成した作品を鑑賞して「私はとても恵まれたわ。…このプロジェクトが素晴らしい映画監督のデレク・シアンフランスの手に渡ったのだから。彼は愛情をもって原作の世界を映画に移行してくれた」と語っている。原作の細やかな文章表現と映画の映像表現とでは自ずと別物の芸術表現だが、原作のドラマティックな香りにサスペンスフルな展開の脚色に原作者も納得できたということか。

人生の荒波に逆巻く
いくつもの相克

物語の舞台は 物語の舞台は第一次世界大戦終結直後の西オーストラリア。過酷な西部戦線で武勲をたてて帰還したトム・シェアボーン(マイケル・ファスベンダー)だが、心に深い傷を負い、戦時中に両親も亡くし天涯孤独の身になった。静かな暮らしを求めたトムは、バルタジョウズ岬から160キロも離れた孤島ヤヌス島の臨時灯台守に応募して採用された。島の名称ヤヌスとは、(1月)の語源で二つのものを見つめ、二つの物事の間で引き裂かれるヤヌス神からとって名付けられた。インド洋と南極海がぶつかる大海の波間に浮かび逆巻く波と強風にもさらされる孤島。

3か月後、正規雇用の契約のためバルタジョウズの町に来たトムは、町で小学校校長の娘イザベル(アリシア・ヴィキャンデル)と出会う。イザベルは二人の兄が戦死したことで“兄を失った妹”と周囲から哀れまれるような生き方から逃れたいと思っていた。トムとイザベルは、3か月ごとの定期補給船を介して文通し、やがて結婚する。

ヤヌス島に住人はいない。自然のなかで二人だけの楽園のような生活に心が癒やされていくトムは、イザベルとの出会いによって光を見出し人生への希望と勇気を取り戻す。だが、二人は悲しい試練も経験する。ニ度目の流産をして間もなく、二人は奇跡的な出来事に遭遇する。灯台がある浜辺に流れ着いた一艘の小船に父親らしい男の遺体と泣き叫ぶ女の子の乳児が乗っていた。救助したトムはすぐ保全局に連絡しようとする。だが、イザベルは乳児には休息が必要だと言ってトムを制止する。やがて、これは偶然ではない、この子には私たちが必要だと言い出すイザベルに、トムは押し切られてしまう。男の遺体を丁寧に埋葬たトムは、「イザベルは女の子を出産、名前はルーシー。母子ともに健康」と、保全局に偽りの連絡をする。

(c)2016 Storyteller Distribution Co., LLC

二人はルーシーを愛情いっぱいに育てていく。流産でふさぎ込んでいたイザベルは、ルーシーの存在に癒され、母親としての生き方に光を得ていく。2年後、ルーシーの幼児洗礼のためバルタジョウズの教会を訪れたとき、トムは「フランク&グレース 神に見守られて海に消える」と刻まれた墓碑に佇む町の資産家の娘ハナ・ポッツ(レイチェル・ワイズ)を見かけた。トムは、墓碑に刻まれた日付からハナこそルーシーの母親だと察した。ハナの夫フランクは敵国のドイツ人で、町の者たちから疎まれ差別されていた。どんな仕打ちを受けても穏やかなフランクに恋したハナは、父親セプティマ(ブライアン・ブラウン)の猛反対を押し切って結婚し、女の子を授かりグレースと名付けた。町でチンピラからリンチを受けたフランクは、危険を感じてグレースを抱いて小船に隠れて海に出たがそのまま行方不明になった。ハナは、2年たった今も二人の行方を捜している。ハナの存在によってトムは良心の呵責に苛まれる。そして、子どもをハナに返して、真実に生きようとするトムとルーシーを奪われたくないイザベルとの間にはかみ合わない感情のずれが大きくなっていく…。

「一度だけ赦せばいい」

トムとイザベルはルーシーを愛情いっぱいに育てる。一方で、ハナは夫フランクと娘グレースが海に消えた悲嘆のなかにあってもあきらめきれずに二人の行方を捜し続けている。ハナと夫フランクのラブストーリーも、手際のよい演出で描かれていて心に深く落ちてくる。とりわけ、町の人たちから偏見と虐げられるような仕打ちを受けても怒りで対抗しないフランクが、ハナに「憎み続けることは苦しいこと。一度だけ赦せばいい…」と日ごろ心がけていることを語るシークエンスは暗闇の中の一筋の光のようにキリストを指し示しているようで心に残る。

灯台建設40周年パーティでハナはイザベル母子にも挨拶するが、まだ自分が生んだ娘と知る由もない (c)2016 Storyteller Distribution Co., LLC

本作には、いくつもの相克が表出されている。漂流してきた乳児は保護されて養護施設へ送られるかもしれない。孤島だが豊かな自然と自分たちの愛情で育てるのとではどちらが幸せなのか。だが、自分たちの子どもではない。親が見つからなければ養子として迎えることを申し出ればいいとするトムの“善と悪”。トムとイザベルがルーシーと名付けた乳児への愛、産んだ子にグレースと名付けたハナはあきらめきれない悲しみのなかで捜し続け、慟哭の祈りの日々を送っている“愛と悲しみ”。偽りと真実、罪と赦し…、いくつもの“二つ”が逆巻く波のようにぶつかり合うように描かれている。トムとイザベルが交わす数々の手紙のシーンの奥ゆかしい温もり。ヤヌス島での楽園のような光まばゆい自然の美しさ。育ての親の執着と産みの親の愛情が激しく相克する切なく哀しい物語だが、だれもが心の中の暗い海を照らす光を必要としていることを美しく物語っている。 【遠山清一】

監督・脚本:デレク・シアンフランス 2016年/アメリカ=オーストラリア=ニュージーランド/133分/映倫:G/原題:THE LIGHT BETWEEN OCEANS 配給:ファントム・フィルム 2017年5月26日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー。
公式サイト http://hikariwokuretahito.com
Facebook https://www.facebook.com/hikariwokuretahito/

*AWARD*
2016年:第73回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門正式出品作品。