Movie「しあわせのパン」――パンカフェから醸し出される癒しの香り
自分の心に傷を見つめられる人は、どこか優しさをたたえて人と接することが出来るのかもしれない。その優しさに触れることが出来ると、なにか癒される温もりが焼きたてのパンの香ばしさように辛い思いの心を包み込んでくれる。そんな優しさにあふれている映画だ。
北海道・洞爺湖のほとりにある月浦で水縞夫妻が営むオーベルジュ式のパンカフェ「マーニ」。お店の名前は妻・りえ(原田知世)が子どものときから好きな絵本『月とマーニ』から付けた。夫・尚(大泉 洋)が四季にあったパンを焼き、妻・りえが季節野菜のスープと温かいコーヒーやデザートを用意する。バスの待ち時間にここを訪れる地元の人との交流、そして四季の旅人たちとの出会い。
春の旅人は、いっしょに沖縄へ行く予定だったボーイフレンドに空港で振られ、真逆の北海道の「マーニ」に泊りに来てしまった傷心のカオリ。
秋のお客さんは、向かいのバス停にたたずんでいた少女・未来。水縞夫妻はふと気になり、お店に招き入れるがほとんどしゃべらない。翌日、未来の父親が「マーニ」を訪ねてきた。
冬のお客さんは、ひどく吹雪く夜にやってきた老夫婦の阪本さん。吹雪が止んだら、何としても月を見に出かけたいという。そのことにただならぬものを感じた水縞夫妻は、香りのいいチーズのパンを焼き、冬野菜のポトフやスペインオムレツ、ローストチキンのローズマリーのせなどを出す。お米しかべなかったアヤさんが、パンを口にして心からの一言を夫に言う。
春は、お客様たちへの感謝のプレゼントを送る季節。そして、思いもかねないお客様がやってきた。
お客さんだけではない。郵便配達や大きなカバンを持ってバスが来るまでパンとコーヒーを楽しんでくれる阿部さん(あがた森魚)はじめ、地獄耳のように遠くでの会話も聞こえるガラス工芸家の陽子さん(余貴美子)などご近所さんたちにも意地の悪い人が一人も出てこない。それは、心の奥深くに隠されている傷を感じさせてくれる物語だからなのだろう。
2012年は、原田知世デビュー30周年にあたり、彼女の持ち味が存分に伝わってくる。夫役の大泉洋が思いやりと気配りに富む物静かな男性像を味わい深く好演。見終って、ふと微笑みながら映画館を出る自分に気づかされる。 【遠山清一】
監督・脚本:三島有紀子 2011年/日本/114分 配給:アスミック・エース。2012年1月21日(土)より北海道先行公開。1月28日(土)より渋谷シネクイントほか全国順次公開