©北白川派
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2011年の全国の自殺者が30,651人となり、1998年から14年連続して3万人を超え続けている。自ら死ぬことを選び遂行するには、それぞれに重たい事由を負っているのだろう。

「カミハテ商店」というタイトルからは、結びつきにくいが自殺という重いテーマを見据えている作品。しかし、自殺する人たちそれぞれの自由に目を向けるというよりは、自死を選ぼうとする人たちを見つめながら、自分の心の内側にも同じような重たいものを抱えているはかなさと迷い。人生に希望を持てないような人が、ひょっとしたことがきっかけで生きることへと変えられていく。そんな安堵感が、観終わった後に広がってくる。

日本海に面した山陰の小さな港町、上終(かみはて)。独り暮らしの初老の女性・千代(高橋惠子)は、バス終着停の斜め向かいにある商店を営んでいる。生活雑貨と手焼きのコッペパンと牛乳を細々と売っている。商店からさほど遠くない所にある断崖絶壁が、自殺の名所になりつつある。いつしか見知らぬ訪問者が、バスを降り、なぜか千代の店で手焼きのコッペパンと牛乳を買う。そして、断崖絶壁につながる道を歩いていく。その訪問者たちが、断崖絶壁から戻り、バスに乗って帰っていくことはほとんどない。

パンと牛乳を買い求めていく人たちが、自殺するであろうことに千代も気づいている。だが、彼らに声をかけることもなく、ただ見送るだけ。そして、翌朝に断崖絶壁へ行き残された靴と空になった牛乳瓶を持って帰ってくる。

千代が少女の時、父親もこの断崖絶壁から身を投げた。千代には、’死にたいと思う人を、なぜ止めなくてはいけないのか’という言葉がいつも心に引っかかってくる。

©北白川派
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千代の弟・良雄(寺島 進)は、実家を離れ都会で事務用品を扱う小さな会社を経営している。だが、仕事は思うようにいかない。疲れた心と体が安らげるのは、行きつけのスナックくらい。そこに新人のさわ(平岡美保)が入ってきた。8歳の娘を持つシングルマザーだ。良雄は、どこか寂しさを分かり合えるさわと親しくなっていく。

ある日、千代の店に見知らぬ幼い女子がコッペパンと牛乳を買いに来た。外を見ると母親らしい女性が佇んで待っている様子。そこへ毎日牛乳を配達してくる知恵遅れの青年・奥田 智(深谷健人)がやってきた。彼には、空の牛乳瓶を箱に収める前に独特の所作がある。幼い女子が、それを面白がっている間に、断崖絶壁へ歩き始めた若い母親。千代は、断崖絶壁へ行こうとする人の後を初めて追いかけていく…。

この作品を作った’北白川派(北白川派映画芸術運動)’とは、京都造形芸術大学映画学科の学生が毎年プロと共同で個性的な劇場用映画を造るという一大プロジェクト。その3作目にあたるこの映画は、2人の学生が授業で書いたシナリオを原案として水上竜士と山本監督が脚本に仕上げた。

山本監督は、千代のイメージについてインタビューで、「トルストイの短編『靴屋のマルティン』の主人公を参考にしました。靴屋のマルティンが、日常生活の中でむしろ蔑んだり見下したりしている人間こそが自分にとっての神様だったと気づくお話です。千代にとっての神様は、牛乳配達の青年だったり、無口なバスの運転手だったのだと思います。」と語っている。この作品で、聖書の言葉が語られることはない。だが、千代の心の変化を捉えていく展開と抑えた演技の中で変わっていく千代の表情は、山本監督のイメージを十分に感じさせている。 【遠山清一】

監督:山本起也 2012年/日本/104分/ 配給:マジックアワー、北白川派 2012年11月10日(土)よりユーロスペース、京都シネマほか全国順次公開

公式サイト:http://kitashira.com