一人娘を亡くした砂織(左)と突然母を亡くした清水(右)とは、ふとした出会いで心を通じ合える会話で心の重荷を分かち合えた。 ©2013 「爆心 長崎の空」パートナーズ
一人娘を亡くした砂織(左)と突然母を亡くした清水(右)とは、ふとした出会いで心を通じ合える会話で心の重荷を分かち合えた。 ©2013 「爆心 長崎の空」パートナーズ

人間と都市の破壊を目的に原子爆弾が使用されたヒロシマとナガサキ。’平和’の広島とともに’祈りの長崎’と語られてきた。グラウンドゼロがある都市’ナガサキ’。68年前の一瞬の壊滅は、現在(いま)も人々の心に深く重たい傷痕を刻んだ。かけがえのない大切なものを突然失う不条理は、日常の安心を一変させる。そうした突然の喪失と、爆心の地に生きる明日への問う物語の構成に引き寄せられる。

二つの家族と一人の青年の物語を通して、原爆が人々の心に重くのしかかる破壊し続けている現在と、愛するものの突然の喪失が心に大きな重荷を負わせることの通じる不条理を描きながら、現実を生きることが未来への力と大切なメッセージへとつながる希望を持たせてくれる。

大学3年生の門田清水(かどた・きよみ:北乃きい)は、被爆3世だが陸上部に所属し日頃はまったく意識していない。医学部4年生の彼氏がいる普通の女の子。その彼氏とラブホテルでデート中、携帯が鳴ったがムードを壊したくなく無視した。そして夕食前に帰宅すると、母親がソファに座ったまま心臓発作で絶命していた。

デートの最中にあったコールは、母親からのもの、その時に受けていれば助けられたのかもしれない。朝の些細なことでの口ゲンカ、携帯のコールに出なかった悔悟、清水には突然の母親の死が受け止めきれないだけではなく、自分が原因ではないかと苦悶する。

その苦しい思いを、彼氏になぜか打ち明けることができない。ただ、幼なじみの廣瀬勇一(柳楽優弥)と子どものころから眺めていた長崎を見下ろせる公園の階段では、自分の居場所のように素直な心持ちになれる。

清水の幼なじみ勇一も、母親の再婚相手からのDVで心に深い傷痕を負っていた。 ©2013 「爆心 長崎の空」パートナーズ
清水の幼なじみ勇一も、母親の再婚相手からのDVで心に深い傷痕を負っていた。 ©2013 「爆心 長崎の空」パートナーズ

一方、高森砂織(稲森いずみ)は、一年前に5歳の一人娘を病気で亡くした悲しみから癒されていない。娘が病死したのは、被爆2世の自分のせいではないかと自らを責め続けている。

ある日、娘が「パパに」と言って浜辺で拾ったタカラガイを居間の片隅で見つけた。テーブルに置いたタカラガイを指して娘のことを話す砂織だが、新聞記者の夫の博好(杉本哲太)には、タカラガイは見えない。やがて、新しい生命を授かったことを知る砂織だが、また死んでしまうのではないか、育てられないのではないかという不安が大きくなり、「産みたくない」と博好や両親に告げる。

苦しみ悩む砂織は、自分にだけ見えるタカラガイを拾おうとして車に轢かれそうになる。そこを通りがかった清水の機転で難を逃れた砂織。しばし語り合う二人には、砂織が手にしているタカラガイが見えるという。

原爆と唐突な死の出来事に直面し、どうしようもなく大きな喪失感をキーワードに語られていく二つの家族の再生への道。青来有一の短編集『爆心』を原作に、長い年月苦しみ与え続ける原爆と、愛するものを唐突に亡くすことの心身の傷痕を抱いて生きる人々のドラマに再構築されている。

清水の幼なじみの勇一は、自転車を直しに来た砂織の妹・美穂子(池脇千鶴)と親しくなり、母親が再婚した夫からDVを受けていた辛い過去を打ち明ける。また砂織も、初めて両親の被爆体験を打ち明けられる。それぞれに重い体験は、両親の口を重く閉ざしてきた。300年続く隠れキリシタンの家に育ち、いまもカトリックの信仰に生き続ける両親。

被曝した経験さえも「すべて神のおぼしめし」と語る父親の言葉とともに、要所で登場人物の心理を描き分ける小曽根真のピアノの調べは、’祈りの長崎’を心に刻んでくれる。  【遠山清一】

監督:日向寺太郎 2013年/日本/98分/ 配給:パル企画 2013年7月13日(土)―19日(金)まで岩波ホールでプレミアム特別上映、7月20日(土)より東劇ほか全国ロードショー。
公式サイト:http://bakusin-movie.com