©2013タキオンジャパン
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2007年に作品集が刊行され、2010年には熊切和嘉監督によって「海炭市叙景」が映画化されてから相次ぐ復刊など作家・佐藤泰志(1949年4月26日―1990年10月10日)の再評価と注目が高まっている。村上春樹、中上健次らと並び評され、純文学の芥川賞選考に5度選出されながら一度も受賞できなかった不遇の小説家。仲代達矢の語りと芥川賞選考シーンなど一部ドラマを挿入しながら佐藤泰志の知られざる人生を追っていく。

北海道・函館に生まれ育った佐藤泰志。父母は青函連絡船を往復して、青森産の黒石米を運び、函館で売りさばく「担ぎ屋」として生計を立てた。佐藤の作家人生を、『きみの鳥はうたえる』が最初に芥川賞候補になり、その選考会議の事情や家族の様子をつづった「第一章 きみの鳥はうたえる」とし、「第二章 多感な青春」「第三章 作家への道」「第四章 海炭市叙景」の4章で構成されている。

82年の『きみの鳥はうたえる』以降、『空の青み』『水晶の腕』『黄金の服』『オーバー・フェンス』と立て続けに芥川賞候補に上がったが、受賞は叶わなかった。その選考会議での選考委員の実名での評価や発言を抄録するドラマ。佐藤の文学と人間性を証言する人々の温もり。原稿用紙のマス目いっぱいに一文字ずつしっかりとした筆致で描き込んでいく特色ある書体。一人の作家の人となりをドラマと証言で迫る’記録映画’として表現しているのが興味深い。

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本作には触れられていないが、2007年に刊行された「佐藤泰志作品集」(クレイン刊)に収録されている『背中ばかりなのです』に印象的な一文がある。自伝的短編である。’僕’が机に向かっている後姿を、当時同棲していた女性がクレヨンで画用紙に描いた。「それは僕が机に向かっている背中の絵で、下に、『なぜかいつも背中ばかりなのです』と一言書いてあった。その女性は今も僕と同じ家にいて、三人の子供の母親になっているのだけれども、この絵と言葉はその日以来、忘れたことがないし、今後もそうだろうという気がしている。」

佐藤が描く’僕’にしても、遺作「海炭市叙景」に登場する兄妹や人物たちには、ある種、生きていることの必死さが漂っている。自暴自棄ではなく、’いま’の情況を真摯に生きている姿。『背中ばかりなのです』と記した女性の心持ちはいかばかりだったろうか。生きている自分を見つめ、精魂込めて小説を書き続けた’その背中’を、本作はしっかりと見つめさせてくれる。 【遠山清一】

監督:稲塚秀孝 2013年/日本/91分/ドキュメンタリー/ 配給:太秦 2013年10月5日(土)より新宿K’s cinemaにてモーニングショー。
公式サイト:http://www.u-picc.com/kaku-omosa/
Facebook:https://www.facebook.com/kakukotonoomosa