インタビュー:オ・ミヨル監督(映画「チスル」3月29日)――タブーだった“済州島4・3事件”
戦後の韓国史のなかで語ることさえ憚(はばか)れてきた’済州島4・3事件’をテーマにした映画「チスル」が、日本でも3月29日(土)より公開される。いまは観光の島として多くの日本人が訪れる韓国最南端の済州島。そこで軍の命令として7年間行なわれていた島民の無差別処刑。民主主義国家か共産主義国家という政治イデオロギーの嵐に巻き込まれた島民。「この作品は島の犠牲者を慰霊するために撮った」と語るオ・ミヨル監督に話を聞いた。 【遠山清一】
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本作では、’済州島4・3事件’が起きた時代的背景や事件の顛末などについては、説明的な描写を避けている。なぜか。
オ・ミヨル監督は「そのような事柄は、学校などで学ぶべきことですし、人々が歴史を学ぶことで自己認識を深めていくものでしょう。映画芸術家の仕事ではないと思います。わたしがこの作品では、この悲惨な事件に巻き込まれ亡くなった島の人々の慰霊になればという願いで作りました」という。
<済州島4・3事件とは>
第2次世界大戦の終戦直後。統一国家の自主的な誕生が望まれる中で、韓半島北部の金日成とソビエトによる共産主義と、南部の李承晩とアメリカによる民主主義が対立構造を強めていく。そのような状況下でアメリカ主導で進められた選挙で李承晩は朝鮮労働党を参加させない形で実施した。この選挙に反対する済州島島民が48年4月3日に武将蜂起したことが発端となり、韓国政府軍や国防警備隊員らは「海岸線5kmより内陸にいる人間を暴徒と見なし、無条件で射殺せよ」との布告を受けて、その命令を遂行した。
島内の村々は焼き払われ、命令通り老人、婦女子の区別なく「共産主義者」として銃殺、暴行、略奪が7年間にわたって横行した。半島内でも朝鮮戦争(1950年6月25日―1953年7月27日休戦)の間に、朝鮮労働党の勉強会に出席したり少しでも関与した人々が「共産主義者」として処刑されていく状況は、カン・ジェギュ監督作品「ブラザーフッド」(2004年)でも描かれていた。済州島での事件は、50年代にまで継続し’処刑’された島民は3万人以上と言われる。済州島から日本に逃れてきて、事件終結後も強い恐怖感のため帰れずにそのまま在日韓国人として暮らしている人々も多い。
<済州島の4つの祭事をモチーフに慰霊を想う>
この事件は、「韓国でも、あまり知られていません」とオ・ミヨル監督は言う。韓国政府は盧武鉉大統領時代に歴史清算事業を展開し、2003年10月に島民との懇談会で謝罪を表明した。だが、その後の「政権変動のなかでこの事件の評価は揺れ動き、語ることさえタブー視されてきた。だが、この事件が忘れられたり、変質した形で伝わるのも恐れます。いま、映画界は観客を動員できるエンターテイメント性の高い作品が多く作られる傾向が強いので、真実性を追求するような作品はインディペンデントの私たちが作るべきでしょう」。
‘済州島4・3事件’の究明よりも、多くの犠牲者の慰霊を願ったオ・ミヨル監督は、済州島の民衆宗教の4つの祭事をモチーフに、島民の悲痛さと魂が慰められるよう、4つのシークエンスを構成し描いていく。
第1は「神位:シンニィ」魂を呼び起こして祭る。
第2は「神廟:シンミョ」魂がとどまる場所。
第3は「飲福:ウンボク」魂が残した食べ物を分け合って食べる。
第4は「焼紙:ソジ」神位を焼きながら唱える鎮魂の祈り。
軍に占拠された村、家を焼く払う煙の中を逃げる村人。呼び起される魂は、処刑された人々だけでなく、処刑した軍人たちの魂も描かれていく。そこで生きようとする人、死を迎える人々の姿。溶岩洞窟に逃げた村人たちのシーンは端的にこれらの祭事のイメージが表現されている。「(監督の)わたしが亡くなった方たちの魂をそこに呼び起こし、捧げ物の食物(ジャガイモ)を魂が食べたあと、生きている村人たちで、魂が食べ残したジャガイモを分け合って食べる(飲福)」。
タイトルの’チスル(地實)’は、ジャガイモの済州島の方言から付けられた。
<’被害者’と’加害者’の隔てをこえて>
軍隊の兵士は命令の意味を考えることは許されない。ただ命令を忠実に遂行し、動けずに家に居て、焼きジャガイモを差し出す老女であっても処刑し家を焼き払う。麻痺していく兵士の心。痛み止めの麻薬なのか、もうろうとしながら’共産主義者’を罵る上官もいる。
処刑されて亡くなった魂だけでなく、命令によって蛮行を続ける兵士らが、その人間性を踏みにじられていく悲劇にもオ・ミヨル監督は目を向けている。「数年前に九州でみた演劇で、私たち韓国人からするとストーリーの日本人は’加害者’なのですが、’被害者’としての視点をもって演出されていました。それは、この作品を作るうえで一つの刺激になりました」という。
重いテーマだが、いまも済州島に伝わる民話や神話をモチーフに、狂言回し的な新兵や村人を配して、理由もなく処刑されていった人々の魂に根強くからまる闇のような力から少しでも解放し、慰めようとしている。
このアジアの民話的な’慰霊’の想いは、アメリカやヨーロッパの人々にも届いたようで、サンダンス映画祭ワールドシネマ・グランプリを受賞するなど欧米でも高く評価された。日本の観客に、この鎮魂への作品がどのように受け止められるだろうか。’忘れる’ことではなく、人間の哀しみに魂が共振することを期待したい。 【遠山清一】
監督・脚本:オ・ミヨル 2012年/韓国/108分/白黒/英題:Jiseul 配給:太秦 2014年3月29日(土)よりユーロスペースほか全国順次ロードショー。
公式サイト:http://www.u-picc.com/Jiseul/intro.html
twitter:https://www.facebook.com/Jiseulmovie?fref=ts
2013年サンダンス映画祭ワールドシネマ・グランプリ受賞。ロッテルダム国際映画祭スペクトラム部門招待作品。2012年釜山国際映画祭ネットパック賞、観客賞、市民批評家賞、DGK 賞、CGV 映画コラージュ賞6部門受賞作品。