映画「ある過去の行方」――怖いほど深く心のすき間と愛憎を刻み込まれる心理サスペンス
「彼女が消えた浜辺」で2009年ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞し、「別離」で2011年アカデミー賞外国映画賞を受賞したアスガー・ファルハディ監督が、自殺未遂で意識不明に陥っているフランス人妻をもつイラン人男性と、夫と離婚調停中のフランス人女性との愛憎を縦糸に、多感な娘の心の奥に仕舞い込んだ秘密から親たち、子どもたちの心の本性を浮かび上がらせていく心理サスペンス。何気ない日常の出来事と会話の糸を丁寧に紡いでいき、心の隙にそよぐ冷気のような感性と愛情の深さを怖いまでに心に刻み込んでくる脚色と演出は、息がつまりそうな緊張感をもって迫ってくる。
母国イランからパリにもどってきたアーマド(アリ・モッサファ)。裁判所での離婚手続きのために妻のマリー=アンヌ(ベレニス・ベジョ)から呼び寄せられた。マリー=アンヌと前夫との娘リュシー(ポリーヌ・ビュルレ)は、既にマリー=アンヌの新しい恋人サミール(タハール・ラヒム)の幼い二人の子どもたちと同居していた。ホテルの予約をしなかったと言うマリー=アンヌに勧められるまま、しかたなくアーマドはその家に泊まることになった。離婚調停裁判の日、アーマドは手続きの直前にマリー=アンヌからサミールの子どもをもみごもっていると聞かされる。
多感な時期のリュシーは、母マリー=アンヌとサミールの関係が受け入れられない。2人が結婚するのなら、自分はこの家から出ていくと公言する。マリー=アンヌから娘の本根を探ってほしいと頼まれたアーマドは、何かを隠している様子のリュシーの話しを親身に聞いていく。そして、クリーニング店を経緯するサミールの妻が、店で自ら洗剤を飲み自殺を図って植物状態になっていることと聞かされる。自殺を図った原因は母親とサミールの関係を知ったからではないのだろうかと…。アーマドは、リュシーの話しを一つひとつたどりながら、サミールの妻の自殺の原因を探っていく。
植物状態の妻を持ちながらマリー=アンヌと同棲しているサミール。その関係にいら立つだけでなく、何かを隠して苦しんでいる様子のリュシー。複雑な彼らの関係に善意から巻き込まれていくアーマド。それぞれが心の内に秘密を抱えながら微妙なバランスで保たれている日常の暮らし。だが、呵責に耐えられず隠していた事柄を告白していく心の疼き。事実と関わりをたどるうちに、それぞれの心の本音が見えてくる展開は、人間の本性と愛情の深さを気付かせていく。ラストシーンは、観る人それぞれに答えと希望を心に描かせてくれる。 【遠山清一】
監督・脚本:アスガー・ファルハディ 2013年/フランス=イタリア/フランス語・ペルシャ語/130分/原題:Le passe 英題:The Past/ビスタ 配給:ドマ、スターサンズ 2014年4月19日(土)よりBunkamuraル・シネマ、新宿シネマカリテほか全国順次公開。
公式サイト:http://www.thepast-movie.jp
Facebook:https://www.facebook.com/ThePastJp
2013年カンヌ国際映画祭主演女優賞(ベレニス・ベジョ)、エキュメニカル審査委員賞受賞、ナショナル・ボード・オヴ・レヴュー賞外国映画賞受賞、ゴールデン・グローブ賞外国映画賞ノミネート作品。