映画「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」――その日暮らし。だが、天職
自分が言葉と音を紡いで作った歌には自信を持っている。だが、レコードは売れない。ライブハウス(60年代当時はコーヒーハウスと呼んでいたようだ)で、客受けするカントリーやポピュラーソングを歌うシンガーをみると野次りたくなる。だからポップなCMソングの仕事がきても蹴ってしまう。当然、住むところはなく友人や知人の家を渡り歩いていく。まさに、その日暮らし。だが、友人宅でのディナーパーティで「なにか歌って」と言われると、余興で楽しませるために歌っているんじゃないと、プライドむきだしにして部屋を出てしまう。他人に何を言われても聞き流せる鷹揚さは持ち合わせていても、ただでは歌わないというプロ意識の高い男ルーウィン・デイヴィス。シンガーソングライターを天職としているような彼の1週間の出来事をとおして、60年代初頭のニューヨーク・グリニッジヴィレッジのフォークシーンが、いい味わいで醸し出ている。
1961年、冬のニューヨーク。ライブハウスでフォークソングを歌うルーウィン・デイヴィス(オスカー・アイザック)だが、彼が歌に込めている社会への反骨精神やフォークブルースの新たな流れへの変化はまだ受け入れられないでいる。知人の家をねぐらに渡り歩く日々。朝、友人の大学教授のアパートを出るとき、飼い猫のユリシーズもいっしょに出てきてしまった。オートロックで部屋に戻すこともできず、仕方なく歌手仲間のジーン(キャリー・マリガン)の部屋に忍び入り猫を置き去りにして仕事に出かけるが、ツイてない出来事が重なっていく。
ジーンの部屋に戻ると機嫌が悪い、「妊娠した」という。身に覚えがあるルーウィンは、堕胎費用を工面しようと走り回る。だが、なにをしてもうまくいかず、船員組合のライセンスを持っているので船乗りに戻ろうと考えたが、組合費未納のため船には船員の職には就けない。歌う場所を求めてシカゴへ行こうとすれば、車に乗せてくれた運転手はドラッグで警察に…。仕方なく、猫のユリシーズは車に残してシカゴへと向かうのだが。
ルーウィンは作品の人物だが、モデルはいる。無名時代のボブ・ディランとのかかわりも深いデイヴ・ヴァン・ロンク(1936年6月30日―2002年2月10日)の回想録’The Maayor of MacDougal Street’(邦題『グレニッチ・ヴィレッジにフォークが響いていた頃』、早川書房刊)にインスパイヤーされたコーエン兄弟が、脚色・監督している。本作のタイトルが、アルバム’インサイド・デイヴ・ヴァン・ロンク’(1991年)になぞられていることからも、「マクダガル通りの市長」と呼ばれたデイヴ・ヴァン・ロンクと60年代初頭のグリニッジ・ヴィレッジの空気感がよく伝わってくる。街の雰囲気や人々の気分、猫ユリシーズの動き。一つひとつのシーンが心に残る映像。
2008年に日本で公開されたキャサリン・ハードウィック監督の「マリア」(アメリカ、2006年)ではイエスの母マリアの夫ヨセフを演じていたオスカー・アイザック。本作では、周囲に流されず自分のプライドをしっかり持ってフォークソングを天職として歌う姿がすばらしい。挿入されている歌のほとんどがフルコーラスでオスカー・アイザックら出演者が歌っている。デイヴ・ヴァン・ロンクは、ブルージーなフォークでも激しさを感じさせてくれる歌い方だったが、オスカー・アイザックはそれを真似せずに生きていることの哀しさとかすかな希望を感じさせる’ルーウィン・デイヴィス’をつくりあげている。 【遠山清一】
監督:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン 配給:ロングライド 2013年/アメリカ=フランス/104分/原題:Inside Llewyn Davis 2014年5月30日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開。
公式サイト:http://insidellewyndavis.jp
Facebook:https://www.facebook.com/ILDjp
2014年第66回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞。全米映画批評家協会賞作品賞・監督賞・主演男優賞・撮影賞受賞。第71回ゴールデン・グローブ賞作品賞・主演男優賞・主題歌賞ノミネート。第86回アカデミー賞撮影賞・録音賞ノミネート作品ほか受賞多数。