映画「私の、息子」――母親の固執した愛、父親不在の家庭、そして息子は…
ルーマニアの首都ブカレスト郊外に暮らすコルネリア(ルミニツァ・ゲオルギウ)。建築家で舞台美術家としても成功し、夫(アドリニアン・トゥティエニ)は法務関係の官僚というセレブリティ。ただ頭痛の種は30歳を過ぎても職を持たず独立できないでいる息子のバルブ(ボグダン・ドゥミトラケ)のこと。住まいや生活費は親抱えで、シングルマザーの恋人カルメン(イリンカ・ゴヤ)と同棲している。
バルブが、ある日交通事故を起こし少年を死なせたという連絡が入る。この事件をきっかけに、普段は不仲な息子と母親の関係や家族間の距離感が浮き彫りになっていく。仕事に忙しく育児は母親任せになりがちな父親不在の日本の状況にも重なり合うような情景。少年の事故死という悲劇が、心の自律への深みへと展開する脚色と演技の見事さに引き込まれていく。
コルネリアが妹のオレガ・チェルケス(ナターシャ・ラーブ)と警察署に着くと、バブルは憔悴した表情で取り調べを受けている。コルネリアは警察上層部とのコネをちらつかせ証言内容などにも口出しして場を仕切ろうとする。担当官の婦警は不快感をあらわにするが、上司は建築許可の問題を抱えている話をし始めコルネリアに擦り寄っていく。
そんな強引な母親に対して、警察から実家に帰ると苛立ちを隠さずに横柄な態度をとる。見かねて意見する父親にも激しくののしり、「自分はこのことに一切関わらない」とふてぶてしく言い放つ始末。
それでもコルネリアは、バルブを守ろうとする。バルブが追い越した車を運転していた男に大金を要求されても証言を変えさせようとする。そして、事故死した少年の遺族に起訴を取り下げてもらうためコルネリアは、バルブとカルメンを乗せて遺族の家へと向かう。
英題はChild’s Pose(胎児の体勢)。息子のことになると何をおいても熱心に行動する母親。それを疎(うと)ましく思い暴力的な言葉と態度で距離を置こうとする息子。そんな母子関係を冷静に見つめながら、息子の心の奥底に潜む苦悩を知る恋人。社会的地位を最大限活かして大概の問題は力で解決しようとする親たちと、それに反発しながらも自立するため親元を飛び出して自分の生き方を探し求める気力もない息子。ドロドロの家族関係に、どんな展開があるのか。
少し気が重くなる展開だが、ひとりの少年の事故死という掛けがいのない出来事は、悔悟と謝罪そして赦しという愛への信頼がなければ起こりえない心の変化を予感させてくれる。そこが、人間の感情と理性への緻密な洞察と信頼を失わないようにとの滋味掬(きく)すべき作品にしている。
日本でも、この作品のような母子関係はありうる情況だろう。そして、この作品がルーマニアで大ヒットした要因の一つには、男性の観客に支持されたことも挙がっている。ふと、聖書の一節「父親たち、子供を怒らせてはなりません。主がしつけ諭されるように、育てなさい。」(エフェソ6章4節)の言葉が思い起こされる。’主’とは神のことを指すことばだが、神は家族を愛し、守り、子どもをしつけ諭すことで、子どもが感情的な怒りを顕すことがないように父親の務めを教えている。父親不在の現代といわれるだけでは、済まされない想いに迫られる。 【遠山清一】
監督・脚本:カリン・ぺーター・ネッツァー 2013年/ルーマニア/112分/原題:Pozitia copilului 英題:Child’s Pose 配給:マジックアワー 2014年6月21日(土)よりBunkamura ル・シネマほか全国ロードショー。
公式サイト:http://www.watashino-musuko.com
Facebook:https://www.facebook.com/watamusu
2013年第63回ベルリン国際映画祭金熊賞・国際映画批評家連盟賞受賞。2014年アカデミー賞2014外国語映画賞ルーマニア代表作品。第8回ルーマニア・アカデミー賞作品賞・主演女優賞(ルミニツァ・ゲオルギウ)・助演男優賞(ヴラド・イヴァノフ)・助演女優賞(イリンカ・ゴヤ)・脚本賞・編集賞・録音賞・最も成功したルーマニア映画2013賞受賞作品。