HIV感染症で近づく最期を見据えて生きるマルタ

HIV感染症で近づく最期を見据えて生きるマルタ

日々の暮らしの中で、悲しい先行きはあまり思いたくはない。だが、不治の病で余命わずかな肉親とどのように日々を過ごしていけばよいのだろう。悲しい別れのそのときを、どのように乗り越えればよいのだろう。通り一遍の答えも方策も思い浮かばず、病む者も看守る者も心に葛藤を覚えながらそれぞれに良かれと思うことを為していく。近づく自分の最期を見つめつつ、シングルマザーのマルタが子どもたちに遺したことづけは、寄り添いあうことの慰めと希望を分かち合ってくれる。

マリアッチ音楽発祥の地ともいわれるメキシコ第2の都市グアダラハラ。スーパーで実演販売の仕事をする一人暮らしのクラウディア(ヒメナ・アラヤ)は、2歳のときに両親を亡くした孤児(みなしご)育ち。ある日、虫垂炎で病院に担ぎ込まれて緊急手術を受けた。目を覚ますと、隣りのベッドのマルタ(リサ・オーウェン)が、「ご家族は来ないの?」と声をかけてきた。「遠くの町なので来られない」と取り繕うクラウディア。マルタのベッドの下らか、末っ子の男の子アルマンド(アレハンドロ・ラミスムニョス)がベッドの下から起きだして人懐っこくクラウディアに近寄る。何気ないマルタの家族との出会い。

翌日、クラウディアは痛みを感じながらも自宅へ歩いて帰る途中、黄色いフォールクスワーゲン・ビートルが近づき、マルタが「身体に障るから乗りなさい」と声をかけてきた。長女アレハンドラ(ソニア・フランコ)の運転で、そのままマルタの家に招かれると次女のウェンディ(ウェンディ・ギジウェン)と三女マリアナ(アンドレ・バエサ)が夕食を作る途中だった。見知らぬクラウディアの来訪をいぶかるウェンディに、「ママの気まぐれ」とアレハンドラはそっけなく応答する。
帰宅して早速子どもたちのために料理を作るマルタ。戸惑いつつテーブルに着いたクラウディアだが、マルタの家族はクラウディアが居るのは当たり前かのように普段通りのにぎやかさで食事する。だが、突然マルタが吐き気をもよおした。アレハンドラはマルタを支えて席を立ち、ウェンディは台所へと掛けていく。手際よくマルタを介抱する娘たち。クラウディアは、マルタがHIV感染症で死期の近いことを知る。

マルタの体調を気遣いながら支える子どもたち

 マルタの体調を気遣いながら支える子どもたち

死が近い重篤な病人を持つ家族は、それぞれが心の重荷を分け合っている。患者本人も看病する家族も、家族の誰かに心の苦しみを吐露して負担を掛けまいと慮(おもんぱか)る。そうした重くよどみがちな空気を、マルタがクラウディアを家に招いたことで少しずつ変わっていく。フリーターのウェンディは、家人に隠れて複数ドラッグを調合し自傷行為に陥りつつある。やり場のない心の苦しさを知るクラウディアは、ドラッグを辞めさせるが家族にも黙ってウェンディに寄り添う。マリアナも、クラウディアには心の不安を吐露する。

クラウディアにとってもマルタは、独りでは生きられない自分の心の重荷を降ろせる初めての他人なのかもしれない。

自分の命の最期が近いことを見つめつつ、孤独な心を見てとってクラウディアを受け入れようとするマルタ。マルタが書きのこしたことづけの細やかな心の機微が、黄色いビートルの明るさとグアダラハラの温かい陽ざしのなかに奏でられていく。 【遠山清一

監督・脚本:クラウディア・サント=リュス 2013年/メキシコ/スペイン語/91分/原題:Los insolitos peces gato 2014年10月18日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー。
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/kotoduke/
Facebook:https://www.facebook.com/kotoduke

2013年第38回トロント国際映画祭国際映画批評家連盟賞受賞、第66回ロカルノ国際映画祭YOUTH JURY賞グランプリ受賞。2014年第56回メキシコ・アカデミー賞最優秀助演賞(リサ・オーウェン)受賞、第57回サンフランシスコ国際映画祭審査委員特別新人監督賞受賞、第51回ヒホン国際映画祭審査委員特別賞受賞、第22回ビアリッツ国際映画祭最優秀女優賞(リサ・オーウェン)受賞、第28回マル・デル・プラタ国際映画祭最優秀ラテンアメリカ映画賞受賞、第11回クエンカ映画祭グランプリ・最優秀女優賞(リサ・オーウェン)受賞、第2回バハ国際映画祭最優秀メキシコ映画賞受賞、第35回ハバナ映画祭初監督作品賞受賞作品。