空爆ではナパーム弾の雨が森も家も幼子も焼き尽くした ©RAINBOW PICTURES CORP. ALL RIGHTS RESERVED.

インドシナ戦争後、南北に分裂したベトナム。1960年12月、南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)がベトナム共和国(南ベトナム)政府軍に対して武力攻撃を開始が歴史での起点とされるベトナム戦争。今年は、1975年4月30日にサイゴン(現ホーチミン市)が陥落し終結したベトナム戦争終結40年にあたる。南北ベトナムの内戦にアメリカがなぜ、どのように介入し、15年に及ぶ長い戦争に至ったのか。72年から2年間取材・製作にかけた本作は、終結直前に公開(1975年1月)されたベトナム戦争を検証するドキュメンタリー映画として色褪せない映像と取材によって、アメリカそしてベトナム双方の’事実’とメッセージをすばらしい構成で現在も史実を語り続けている。

1975年第47回アカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー映画賞を獲得した授賞式で、司会者の一人フランク・シナトラが「アカデミー賞に政治を持ち込むな」と抗議した。それに対して女優のシャーリー・マクレーンが、「映画は真実を見つめ、平和に貢献しなければならない」と反論し満場の喝さいを浴びた。公開されている予告編の冒頭に掲示されているシャーリー・マクレーンの言葉は、40年経ったいまもこの作品をとおして生き続けている。日本では、1975年にテレビ放映されたが、劇場公開は2010年6月中旬から1か月ほど東京でのベトナム戦争勃発50年の企画映画祭として上映され5年ぶりのリバイバル上映となる。

第2次大戦後、アメリカのアイゼンハワー大統領とダレス国務長官は、中国と北朝鮮が共産主義国になり、ベトナムでとどめなければラオス、タイやがてはアジア全域へ共産主義を伸張させてしまうというドミノ理論を主張。ホー・チ・ミンが幾度もアメリカ政府へ送った親書を無視して、南ベトナム政権に肩入れし和平方策ではなく軍事力でベトナム南北の内戦に介入していく。ドミノ理論はケネディ、ジョンソン、ニクソンら歴代大統領に受け継がれ、’自由を守る’ための’聖戦’を支える根本的な考え方としてアメリカ国民にも浸透した。そこには、東洋人を’グーク’と呼称し、殺すべき敵としてしか見ない蔑視が色濃く現されている。

一方で、アメリカ派遣軍は、ベトナムの一般人と南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)兵士の区別が困難なため、ベトコンを匿っているとみなして容赦なく村の家々を焼き払い、空爆攻撃を繰り返す。婦女子が被弾しナパーム弾の炎に焼かれ、強い毒性の枯葉剤などで命を落とす戦地の現実を映し出す。当時は、戦場ジャーナリストたちが自由に取材できた。最前線で命を掛けてカメラに収めた映像は、その後の劇映画のモチーフになるほど哀しいまでに美しい。それらの事実と映像をつなぎ合わせて、この戦争の真実を理解させる構成がすばらしい。

執拗なベトコンとの戦闘に疲れたアメリカ兵は「もう限界だ。家に帰りたい」とつぶやく © RAINBOW PICTURES CORP. ALL RIGHTS RESERVED.

本作には、映し出される報道画像の’事実’を検証・証言することで、’真実’の声として理解させてくれる幾人ものキーマンが登場する。

8年間の捕虜生活から解放され故郷に帰還した中尉は、強いアメリカへの愛国心を煽り続ける。国防省でベトナム戦争を分析していたダニエル・エルズバーグは、歴代大統領の政策を暴露し、その欺瞞性を語る。50万人におよぶアメリカ軍将兵を率いたウィリアム・ウェストモーランド将軍は、「人口の多い東洋では人の命は安いものと思われている」と答える。最後に語った、優秀な爆撃パイロットだった空軍大佐は、加害者としての自分を見つめながらも、戦争に目を背けることで自分を保つ事が出来ているという。そして、独立戦争で’自由’と建国を勝ち取ったアメリカ人として、「自由を求めて戦う力は止められない」と語った言葉がこころに響く。

戦争が出来る’普通の国’となるため憲法が改変されようとしている現在の日本にとっても、ベトナム戦争を検証したこのドキュメンタリー映画から目を背け、耳をふさぐことはできない作品といえる。 【遠山清一】

監督:ピーター・デイビス 1974年/アメリカ/112分/ドキュメンタリー/原題:Hearts and Minds 配給:エデン 2015年4月25日(土)より新宿武蔵野館、シネ・リーブル梅田、京都シネマ、元町映画館ほか全国順次リバイバル公開(日本初公開上映:2010年6月19日)。
公式サイト:http://eden-entertainment.jp/heartsandminds/
Facebook:https://www.facebook.com/heartsandminds.jp

1975年第47回アカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー映画賞作品。