映画「さよなら、僕のマンハッタン」--愛情のもつれと罪悪感を解き放つ赦し
1960年代のフォークロックシーンを代表するサイモン&ガーファンクルのヒット曲“The Only Living Boy in New York”(ニューヨークの少年)が本作の原題。主人公の愛称は“トム”で、歌詞でも呼びかけられている。喪失感に包まれた日々から抜け出したいトムの感性がニューヨークの町を舞台にハイセンスな語り口で綴られていく。父親の不倫を知った怒りを抑えて母親が傷つかないように護ろうとするナイーブな青年の話から、彼自身の人生のルーツにまで遡るストーリー展開に、愛情関係のもつれと罪悪感から解き放つ“赦し”の妙味が味付けされている後味のさわやかなヒューマンドラマでした。
父親と息子の確執 そして
人生のメンターとの出会い
大学卒業を機にトーマス・ウェブ(カラム・ターナー)は、ニューヨークの高級住宅地アッパー・ウエストサイドに住む両親の家からダウタウンのロー・イーストサイドの安アパートに引っ越し、スペイン語の個人教師をしながら暮らしはじめた。父親のイーサン(ピアース・ブロスナン)はアートディレクターとして出版社を経営し成功しているが、母親のジュディス(シンシア・ニクソン)は重い鬱(うつ)を抱えている。ジュディスはトーマスが幼いときから「あなたは私の光よ」と大切に育ててきた。トーマスも母親は大切に思っているが、父のイーサンとはそりが合わない。作家になりたいと思っていたトーマスは、いくつかの作品を父親に読んでもらったが「無難だな」と評価は低く、作家になる夢は捨てろと説得されている。トーマスは、そのことが父親には愛されていないと思えてしまう。
トーマスの喪失感を唯一癒してくれるのは、大学生のミミで古書店のアルバイト店員をしている。ミミは、ロックミュージシャンの彼氏がいるが、ツアーで不在なためトーマスと“友達付き合い”している。トーマスが、アパートに帰ると階段に初老の男が座っている。2Bの部屋に引っ越してきたW.F.ジェラルド(ジェフ・ブリッジス)だと名乗る。トーマスの顔を観て、ミミとの悩みの核心をついて知性的で親し気に話しかけてくる。そして「なんでも相談に乗るよ」と。職業は作家だという。不思議な親近感に惹かれてミミとのことを相談すると、ミミに「君を失うことの恐怖を感じさせろ」と言い、そのためには「人生に身をゆだねろ。窓を見つけて、飛び出せ!」とだけ答えるW.F.。
ロー・イーストサイドのナイトクラブにミミを誘ったトーマスは、その店でイーサンが美人でフリーエディターのジョハンナ(ケイト・ベッキンセール)と密会しているのを目撃する。母のジュディが知ればショックを受けてどうなるか分からないという心配と怒りを抱くトーマス。母親を護るため父と別れさせるためジョハンナを尾行するトーマス。だが、ジョハンナはトーマスの尾行に気づいていた。イーサンのオフィスにあった写真で、トーマスのことも知っていた。父と別れろと説得に躍起になるトーマスに、ジョハンナは「あなたも私に対して無意識に求愛している」と意味深な答えをして取り合わない。W.F.にジョハンナのことを話すうちに、ジョハンナに惹かれている自分に気づかされていくトーマス…。
ロケーション、音楽シーン
すべてがNYの魅力を感じさせる
ハイソサエティな人々が住むニューヨーク。アーティストたちが集まるニューヨーク。古書店、レストラン、結婚式会場、バーなどニューヨークのマンハッタン区、ブルックリン区の著名なロケーションが物語にマッチしてなんともおしゃれ。タイトル曲でもあるサイモン&ガーファンクルの“The Only Living Boy in New York”はじめビル・エバンスの“Peace Piece”、ルー・リードの“Perfect Day”やエンドロールに流れるザ・ヘッド・アンド・ザ・ハートの“All We Ever Knew”など登場人物の役名やストーリーにフィットした音楽シーンが、ニューヨークのムードと魅力を存分にかんじさせてくれる。マーク・ウェブ監督ら製作スタッフたちのしゃれっ気を探るのも愉しい作品。
大学を卒業したばかりのトーマス。自分が目指したいもの、倦怠と喪失感の日々から抜け出すには、ジュディスが言うように「最後まで泳ぎ切るしかない」のが人生。だが、彼の身近には、愛情のもつれと痛みを長年見つめながら生きてきた“おとな”たちがいる。セントラルパークの“The Mall”を語り合いながら歩くトーマスとイーサンの後ろ姿がなんとも羨ましい。 【遠山清一】
監督:マーク・ウェブ 2017年/アメリカ/88分/映倫:G/原題:The Only Living Boy in New York 配給:ロングライド 2018年4月14日(土)より丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか全国順次公開。
公式サイト http://www.longride.jp/olb-movie/