共に歩むいのちの温もり伝えたい 『あたたかい生命と温かいいのち』出版 止揚学園園長 福井生さん

滋賀県東近江市の知能に重い障がいをもつ人たちの施設、社会福祉法人汀会「止揚学園」園長の福井生さんの新著『あたたかい生命と温かいいのち』が、今月いのちのことば社から出版された。月刊誌「いのちのことば」に連載されたエッセイをまとめたもので、学園の日々を通して、神様から頂いたいのちの重なりから生まれる温もりを、静かな筆致で綴った。
止揚学園は今年創立55周年を迎えた。障がい者差別の著しい時代に、福井園長の父、福井達雨さんが4人の障がいのある子どもたちと共に「目に見えるものより、目に見えないものを」大切に歩もうと始めた学園だ。達雨さんは、当時物置や牛小屋に閉じ込められていた障がい児の姿に衝撃を受けた。当時を振り返る文章の中で「私も子どもを押し込めた一人なのだという深い謝りの心を持ち、“謝るということは行動を示すことや。誰もが胸を張って生きられる社会が来るよう、この子どもたちと共に歩もう”と、心燃やされました」と、述懐している。
今や福祉は産業になり、利益と効率が求められる時代になったが、みことばを礎に、共に支え合い、ゆっくりと歩む止揚学園の福祉は創立から変わることなく、むしろ時代が変われば変わるほど、輝きを増している。IMG_0008
こうしてスタートした止揚学園で、生さんは生まれ育った。学園で暮らす人々は職員も含めてお互いを「仲間たち」と呼ぶ。みんな歌の好きな心の優しい仲間たちだ。福井さんはそんな仲間たちに愛され、かわいがられて大きくなった。
昨年天に送ったジュンコさんも姉弟のように育った一人だ。
「こんなことがあった。ジュンコさんは町の小学校へ、私は保育園に通っていました。ただ歩くだけじゃおもしろくないから、ジュンちゃんはこっちの道行って、僕はこっちを行く、と。競争やで。でも、絶対走ったらあかんと約束する。でも、私は走ってしまうんです、負けたくないから。そして先に保育園に着く。ジュンコさんは“ルーちゃんほんとに早いなー”と、心から感心してほめてくれる。毎朝そうなんです。私は競争してたつもりだったけれど、仲間の人たちは私が喜ぶ顔を見たかったんだな、それが嬉しかったんだなと、後になってわかりました」
ジュンコさんの臨終に立ち会ったとき、枕元で「神様は優しいです。だから、いつもジュンコさんを守ってくれています」と祈ると、ジュンコさんはうなずいてくれた。
「そのとき、あっ、神様は私たちといっしょにいてはると思いました。そして、障がいのない私が障がいのある仲間を守っていくのではなく、ジュンコさんや仲間が私を守り神様を教えてくれているのだとわかりました」。
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子どもの頃友達から「ルーちゃんはかわいそうな人たちと住んでるからかわいそうやな」と、言われたことがある。しかし、学園の人たちはいっしょに楽しく遊び、バットでみごとにボールを打つ。友人は「すごいなー。かわいそうな人たちと思っていたら、こんなに遠くへ飛ばせる」と、感嘆。さらに、ジュースの栓を拾ってゴミ箱に捨てる姿に「僕よりちゃんとできるんや」。職員さんが「止揚学園の人は一人でご飯食べたりトイレに行くのは難しくても、人のことを一生懸命する人たちなんよ」と、言ってくれた。
「同情されているところで立ち止まってはいけないと、そのことばで感じました。仲間の人たちは、私が小さい頃から少しも変わらない笑顔で私のことを見つめてくれています。その笑顔で、人のことを一生懸命生かしてあげようとしてくれている。私は自信を持って多くの人に仲間たちのこと、学園のことを語り続けて行こうと思っています」
止揚学園の仲間たちのほとんどがクリスチャン。仲間たちは「イエス様がにこにこ笑っている」という。ある職員は「生活の中にイエス様が息づいておられるのがわかり、自然に導かれます。話せない人がお祈りのときにうんうんとうなずいている。その生きている姿が証しになります」と、励まされている。
一昨年相模原市で凄惨な事件が起こった。福井さんは「昔よりも弱者に対する見方は変わっていないどころか、むしろ人と人との距離は開き、心が冷たく閉ざされている」と、感じている。
「仲間の人たちは人のつながりがなかったら生きていけません。スマホでラインを送り合ったりできないけれど、密度の濃いつながりを持っている。一人で歩けないから、抱えながらいっしょに歩く。抱えている手でいのちといのちがつながっているな、温め合っているなと実感できるのです」。
出版記念会が6月30日午後2時から日本基督教団・京都教会で開かれる。問い合わせはいのちのことば社出版部Tel 03・5341・6920。