映画「奇跡のひと マリーとマルグリット」--魂への愛は受けた喜びと感謝を伝え心の絆を結ぶ
生まれながらに目が見えず、聞くことも話すこともできない少女マリー・ウルタン(1885~1921年)。10歳(本作では14歳に設定)のとき、フランスのポアティエ近郊にあるライネイ聖母学院でシスター・マルグリットとの出会いで人の愛と“ことば”を知り、読み書きや手編みを習得し教えるまでに成長した“奇跡”の物語を映画化。同時代の人物では、生後19か月で視覚、聴覚、ろうあ障がいを負いながらアン・サリバン女史との出会いで社会福祉活動家・著述家になったヘレン・ケラー女史(米国・1880~1968年)が有名。36歳で夭逝したマリー・ウルタンは、人知れず後進の障がい者たちに読み書きを教える野の花のような生涯だが、暗闇だった魂に愛の光を得た喜びを、他者へ伝えることで愛の絆は結び合わされることを今も語っている。
1895年、父親(ジル・トレトン)の馬車に揺られながらろうあ障がいの子どもたちを養育しているライネイ聖母学院へ向かうマリー(アリアーナ・リボアール)。道中、木洩れ日の温もりを肌で感じ、空を見るかのように手をかざす。だが、盲人でろうあの子の養育は自信がないと断る学院長(ブリジット・カティヨン)。精神病院に入れるのは忍びない父親と拒否する学院長が交渉しているなか、マリーは父親を引き離されるのではないかと直感し、園庭を逃げ回り木の枝によじ登る。
学院長に命じられて、マリーの手を握り下ろそうと努めるシスター・マルグリット。その時、マルグリットは、貧しい樽職人の家に生まれしつけも教育も受けずに野性児のように育ってきたマリーの魂が暗闇に囚われた魂のように感じ強い衝撃を受けた。入学を拒否した学院長を説得し、実家からマリーを連れて戻ってきた。マリーが一番のお気に入りだという小さな折り畳みナイフ1つを母親から預かって…。
何か気に入らないことがあれば暴れ回り、木の上に上って身を隠す。髪をとかしたり風呂に入ることなどほとんどしてこなかったマリーには、身だしなみや食事のしつけを教えようとするマルグリットはなるで敵のよう。わがままではなく、何の知識も教えられずに、他人との触れ合いもコミュニケーションもなかったマリーの心は、もどかしさと怒りに満ちマグリットへの強い反発を引き起こす。
進歩どころか後退しているようにも見えるマリーの態度が数カ月も続く。だが、8カ月を過ぎるころ。マリーは自分の一番のお気に入りがナイフであることを認識し、「ナイフ」と指話(両手の指の甲を軽く指先で触れる会話信号)でマグリットに伝える。初めての“ことば”を認識してからのマリーは、その好奇心旺盛な性格と前向きな心持ちをめざましい早さで体現する。
だが、重い持病を持つマルグリットは、人間らしい感情と心を見いだしていくマリーに教えなければならないことがあることを悟っていく。
裕福な家庭でわがままいっぱいに育ったヘレン・ケラーの家庭教師による人格教育とは、大きく状況が異なる。貧しい家庭で、しつける手立てもなくただ愛情をもって見守ることしかなされなかったマリー。暗闇の中を彷徨い怒れるマリーの魂を人間の心へと導いたマルグリット。マリーがマルグリットへ捧げる祈りのようなオマージュは、いつまでも心に語り掛けてくるラストシークエンスだ。 【遠山清一】
監督:ジャン=ピエール・アメリス 2014年/フランス/94分/映倫:G/原題:Marie Heurtin 配給:スターサンズ、ドマ 2015年6月6日(土)よりシネスイッチ銀座ほかロードショー。
公式サイト:http://www.kiseki-movie.jp/
Facebook:https://www.facebook.com/kiseki.movie
2014年第67回ロカルノ国際映画祭ヴェラエティ・ピアッツァ・グランプリ賞受賞作品。