映画「迫り来る嵐」ーー中国の転換期舞台に連続女性殺人事件に取り憑りつかれた男の悲劇
中国の国情転換期の市民感情を一連の猟奇女性殺人事件の捜査に取り憑かれた男の悲劇を舞台に描いたサスペンスノワール。1989年の天安門事件以後、1992年から再び改革開放を推し進め社会主義市場経済体制のもとで西部大開発、国営企業改革に伴う失業者の増大を伴いつつも世界の工場を目指し生産大国として経済成長を果たしていく1990年代。1997年の香港、99年にはマカオがイギリス・ポルトガルから中国へ返還され、2001年には世界貿易機関(WTO)加盟を実現し、2008年の北京オリンピック実現へと改革開放政策を進展させる。年5%を超える高度成長を遂げる中国経済大転換に、人々が心の拠り所としていたさまざまな文化価値観が激しく崩れ去り翻弄されていく。自分の追い求めていた栄光と信念の脆弱さを思い知らされていくストーリー展開が、凄まじくも哀しい。
高度経済成長の中で高い失業率と
拡がる格差に苦しむ市井の人たち
物語は、2008年、ユィ・グオウェイ(ドアン・イーホン)が刑務所を出所する手続きから始まる。彼は、何の罪を犯して服役していたのか。1997年に遡り、その事件の顛末を紐解いていく。
小さな町の古い国営製鋼工場の敷地で起きている猟奇的な連続女性殺人事件。その国営工場の保安部で警備員を務めるユィ・グオウェイ(ドアン・イーホン)は、篠突く雨のなか3人目の被害者が発見された現場に向かう。既に公安警察が現場検証をしているが、工場の窃盗犯を幾人も捕まえているユィは、警察官にも顔がきき“ユィ探偵”とあだ名で呼ばれている。被害女性が運ばれる前、写真を撮ったユィ。挨拶に行った公安警察のジャン警部(トゥ・ユアン)のデスク周りに貼られている証拠写真や資料などにもさりげなく目をやる。犯人は達成感に酔うため必ず犯行現場に戻ると踏んでいるユィは、部下のリウ(チェン・ウェイ)と張り込みをしたり、男女がダンスをしに集まる広場に出向くなど独断で連続殺人事件の捜査にのめり込んでいく。
ユィは、工場で模範工員として表彰された。生産部門ではない保安部の自分が表彰されることを誇らしく思うユィ。仲間たちからは、公安に昇職したらどうかともてはやされると、そこまで己惚れてはいないと言いながら、まんざらでもない表情。そんな折、また若い女性が殺害される事件が起こった。だが、いままでとは異なり自宅で殺害されている。ユィは事件の犯人探しにますます熱中していく。ユィが現場の証拠写真らしく装った掲示板の張り紙を見入る怪しげな男。ユィとリウは、工場内に逃げ込んだその男を追いかける。途中、リウが工場の足場を踏み外して落下する。それでも逃げる男を追うが塀を乗り越えて幹線道路へ逃げられてしまった。
ユィには、歌舞伎城のネオン街で働くイェンズ(ジャン・イーイェン)という恋人がいる。ユィは、美容師を夢見ている彼女のために居ぬきの貸店舗を借りてやる。だが、ほどなくユィは工場のリストラに遭い解雇されイェンズの美容室の片隅で寝泊まりする。ユィには、目論見があった。猟奇的に殺害された独身女性たちは、この地域に住んでいる者ばかりで、3人目の被害者の顔立ちはイェンズに似ている。イェンズをおとりにして毎日、向かいの食堂に座って美容院を見張るユィ。やがて、痴漢行為で逮捕歴のある男がイェンズの美容室に通い始めた。ユィはその男に的を絞り追跡捜査する…。
白日夢のような現実味のない執着の怖さ
殺人犯らしき男に迫っていくユィの執着心の凄まじさ。そのスピード感と二転三転するストーリー展開の見事さ。篠突く雨の日が続く冬の情景は、暮らし向きの明日が見えない閉塞感を漂わせるなかでユィが追い続けた事件は大どんでん返しを見せる。ユィは刑務所を出所したのち、働いていた工場を訪ねるが既に閉鎖され施設解体直前。ユィが追っていたもの、評価されていた働きのすべてが消え去ろうとしている。ユィの悲劇は、夢の中を猪突猛進するような現実味のない怖さを強く物語っている。
監督:ドン・ユエ 2017年/中国/119分/映倫:G/原題:暴雪将至、英題:The Looming Storm 配給:アットエンタテインメント 2019年1月5日(土)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。
公式サイト http://semarikuru.com
Facebook https://www.facebook.com/semarikuru/
*AWARD*
2017年:第30回東京国際映画祭コンペティション部門最優秀男優賞(ドゥアン・イーホン)・最優秀芸術貢献賞受賞。第12回アジア・フィルム・アワード新人監督賞(ドン・ユエ)受賞。第26回上海映画批評家協会賞新人脚本賞(ドゥアン・イーホン)受賞。