マリアにヴァイデルになりすましていることを明かせないでいるゲオルク (C)2018 SCHRAMM FILM / NEON / ZDF / ARTE / ARTE France Cinéma

ドイツの作家アンナ・ゼーガース(1900年11月19日~1983年6月1日)が、ナチスドイツの迫害を逃れてマルセイユからメキシコへ亡命した自己の体験を基にした小説『トランジット』(1943年刊)を原作にして時代設定を1940年代から現代へ置き換えて映画化。吹き荒れるファシズムの暴力と迫害を逃れ、どこへ行けるのか分からない不安を抱きながら新天地を探し求め“どこでもない場所へ”と向かわざるを得ない避難民、不法滞在者たち。1940年代当時も現代も新たな世界への窓を開く港湾都市マルセイユを舞台に、今日の難民問題を重ねて合わせて物語る。

【あらすじ】
現代のフランス・パリ。ドイツ人青年ゲオルク(フランツ・ロゴフスキ)はファシズム国家に変貌した祖国からパリに逃れてきたが、ドイツ軍の侵攻はすぐ近くにまで迫ってきた。レジスタンスの仲間からドイツ人の亡命作家ヴァイデルに渡す手紙を託される。ゲオルクは、即金で高額な謝礼が支払われる話に乗ったが、指定のホテルの部屋へ行くとヴァイデルは自殺した後で女性管理者が血糊のついたバスルームを掃除していた。

ホテルの女性管理者から遺品のカバンを引き取ってほしいと委ねられたゲオルクは、大けがを負ったレジスタンス仲間のハインツを連れて、彼の家族がいるマルセイユへ向かう。列車の貨車に潜り込んだゲオルクとハインツ。ゲオルクは遺品のカバンの中を確かめると、メキシコ領事館からの招待状とヴァイデルの妻マリー(パウラ・ベーアマリー)が彼に宛てた2通の手紙があった。

列車がマルセイユに着いたとき、ハインツは息絶えていた。不法滞在者や難民を捕らえる警官隊の掃討網を掻い潜り、小さなホテルの部屋を法外な宿泊料金で借りたゲオルク。翌日、ヴァイデルの遺品をメキシコ領事館へ届けに行くと、ロビーは国外脱出を望んでビザや出航チケットを求める人たちでごった返している。ヴァイデルの名義で手続き申請をしていたゲオルクは、領事館にヴァイデル本人と勘違いされビザと小切手そして3週間後の出航チケットを手渡される。ゲオルクは、そのまま作家になりすましメキシコへ亡命することにする。

ハインツの死を知らせるため家族を訪ねたゲオルク。妻メリッサ(マリアム・ザレー)はろうあ者で幼い息子ドリス(リリエン・バッドマン)はぜんそく持ちだった。父を亡くしたばかりのドリスは、寂しさからゲオルクを慕う。メキシコへ行く途中のトランジットビザ(通過査証)の手続きでアメリカ領事館へ行ったときも、ドリスは向かいのカフェでゲオルクを待つ。ゲオルクにご馳走してもらったチョコレートパフェが溶けていても手を付けず待っていたドリスの表情に心は揺れる。

(C)2018 SCHRAMM FILM / NEON / ZDF / ARTE / ARTE France Cinéma

ある日、ドリスの発作が激しくなったとゲオルクに助けを求めてきた。不法滞在の母子は、ドリスを救急病院に連れて行くことはできない。ゲオルクはマルセイユにたった一人滞在していたドイツ人小児科医リヒャルト(ゴーデハート・ギーズ)の部屋を捜し当てる。リヒャルトもメキシコへの亡命を望んでいるが、ある女性との別れが辛くて躊躇しているという。翌日、リヒャルトの部屋を訪ねたゲオルク。そこには、マルセイユで何度か自分を人違いし、何度もメキシコ領事館やカフェなどで見かけた黒いコートの若い女性がいた。彼女こそヴァイデルの妻マリーだった。マリーは、一度はヴァイデルをパリに置き去りにしてリヒャルトといっしょにマルセイユに逃避行してきた。だが、ヴァイデルを見捨てたことの後ろめたさは彼女を苦しめ、ヴァイデルにマルセイユで待つとの手紙を送っていた。ヴァイデルなりすましているゲオルクは、マリーとリヒャルトにその秘密を打ち明けられないでいる。そしてマリーに惹かれている自分に気づいていく…。

【見どころ・エピソード】
ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を獲得した「東ベルリンから来た女」(2012年)や強制収容所から生還した元ユダヤ人歌手の心理サスペンス「あの日のように抱きしめて」(2014年)など、歴史に翻弄された人々の人間ドラマを描き出すペッツォルト監督のストーリーテリングと演出手腕を堪能できる作品。本作は、原作の大筋の展開を活かしながら、時代設定を現代に置き換えることで原作者アンナ・ゼーガースが自己体験をもとに書き綴ったホロコーストや他多民族への迫害と今日の難民問題を重ね合わせることで、ゼーガースが提示した問題の普遍性を浮き彫りにしている。機種やソフトが爛熟しつつある現代にはそぐわない、トランジットビザの手続きの煩雑さや書類の形状をあえて演出していることも、最新機種を使うことでこの作品と問題性が数年後には古臭く感じられないようにとの意図であることをペッツォルト自身がインタビューで応答している。

アメリカのポスト・パンクバンド、トーキング・ヘッズの“ROAD TO NOWHERE”(1985年)がエンドロールで流される。
“どこへ行くのか 分かっていても”
“どこにいたかは 分からない”

この楽曲の冒頭、讃美歌風のコーラスで詠われる歌詞そのままに、“どこでもない場所へ”進まざるを得ない切実さとどうしようもない浮遊感が、今生かされていることの大切さを思い遣る人間の絆に繋がるようにと祈らされる。 【遠山清一】

監督:クリスティアン・ペッツォルト 2018年/ドイツ=フランス/102分/映倫:G/原題:Transit 配給:アルバトロス・フィルム 2019年1月12日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野ほか全国順次ロードショー。
公式サイト http://transit-movie.com
Facebook https://www.facebook.com/albatrosdrama/

*AWARD*
2018年:第68回 ベルリン国際映画祭コンペティション部門正式出品作品。トロント国際映画祭。ニューヨーク映画祭正式出品作品。