旧年12月29日夜にNHK総合で放映された特集ドラマ「バーニング」。NHKが、アジアを代表する映画監督たちと、村上春樹の短編小説の映像化に挑戦するドラマシリーズの第一弾で、原作『納屋を焼く』(1987年刊「螢・納屋を焼く・その他の短編」より)を、韓国のイ・チャンドンが監督と共同脚本を執った作品の“劇場版”。ドラマ放映は90分だったが、本作は148分の大作。原作の「僕」にあたるイ・ジョンス、付き合う「彼女」をヘミ、ギャツビーの新しい「彼」をベンとして3人の若者たちの生きていくことへの渇きと絶望を物語っていく。ストーリーの筋が読みにくく、物語の解釈を読み手に委ねるような多様な村上文学の香りを漂わせつつ、イ・チャンドン監督は原作の物語の先を独自な解釈で読み解き描き込んでいる。

ジョンスの実家を訪ねてきたヘミとベン (C)2018 PinehouseFilm Co., Ltd. All Rights Reserved

あらすじ
2年間の兵役を経て、大学卒業後は町で運送会社のアルバイトをしながら作家になることを目指しているイ・ジョンス(ユ・アイン)。ある日、デパートの前でキャンペーンのコンパニオンに名前を呼ばれて振り向いた。すぐには分からなかったが、ジョンスの実家があるパジュ市のマヌリの幼なじみシン・ヘミだという。顔は整形手術したとあっけらかんと言う。付き合いでキャンペーンのくじを引くと女性用のピンクの腕時計が当たった。ちょうど時計がなかったと言って早速自分の腕にはめるヘミ。

夜、食事をしながらヘミは、パントマイムをしていると言いながらみかんを剥くパフォーマンスを見せる。ジョンスが褒めると、「才能は関係ない。そこにみかんがあると思い込むんじゃなくて、みかんが無いことを忘れなければいいのよ」と意味深な応答をする。そして、2週間ほどアフリカに行くので飼っているネコを2週間ほど面倒見てほしいと頼まれる。アフリカに行く目的は、“リトル・ハンガー”と“グレート・ハンガー”に会いたいからだという。“リトル・ハンガー”は飢えている人、だが“グレート・ハンガー”は広い心の持ち主に成長し、生きる理由に飢えているのだという。そのままヘミは自分のアパートに案内し、ネコの名前はボイルでトイレやフーズの場所を教える。そして、肉体関係を持つ二人。

ジョンスの父親は、短気から暴力事件を起こし裁判が始まる。母親は暴力に耐えかねて16年前に子どもたちを置き去りにして家を出て行ったきり音信はない。実家にジョンス。すると何度か無言電話が掛かってきた。ジョンスは、ヘミとの約束通り毎日ネコの面倒を見るため小型トラックで町へ行く。餌は食べ、トイレもしているのだが、「ボイル」と名前を呼んでもネコは姿を見せない。

半月後、ヘミから「4時に空港に着くので迎えに来てほしい」と電話があった。迎えに行くとアフリカで知り合ったというベン(スティーブン・ユァン)を紹介された。食事をしながらそれぞれに自己紹介。ベンは「仕事はいろいろ」というだけで得体のしれない男。だが裕福な家庭で、高級マンションに住み高級車を乗り回している。ヘミとベンはすっかり恋人同士の雰囲気を漂わせている。ジョンスは、「なぜか金持ちで仕事もせずに贅沢な暮らしをしているギャツビーが(ヘミと)まともに付き合うか?」と忠告する。

ヘミの行方不明に疑問を持つジョンスはベンの行動を追跡し始めるが… (C)2018 PinehouseFilm Co., Ltd. All Rights Reserved

ヘミがベンの車でジョンスの実家を訪ねて来た。お酒を出して談笑する3人。やがてベンが大麻を取り出して勧める。ジョンスはむせ返るがベンとヘミは慣れている。大麻が効いているのか夕日を浴びながら踊っていたヘミが疲れて寝入る。ベンはジョンスに2カ月に1度のペースでビニールハウスを燃やしていると、とっぴな話をし始める。それが犯罪行為だと分かっているが、「警察は気にもしていないし、絶対に捕まらない。そろそろ新しいのを焼く時期です。ここには下見に来て、ここの近くに燃やすビニールハウスも決めた」と言い、ヘミが目覚めると帰って行った。この日を境に、まるで消えたかのようにヘミとの連絡が取れなくなった…。

【見どころ・エピソード】
裁判で禁固刑の有罪判決が下されたジョンスの父親。父親が飼っていた牝牛を売らなければならない貧しい農家のジョンス自身定職についていない。行方が分からなくなったヘミを探すうちに借金を抱えていた彼女が家族からも見放されていたのを知るジョンス。実家のリビングのテレビのニュースは、トランプ米国大統領の政策による分断や低い就職率の問題などを流している。“リトル・ハンガー”そのもののようなジョンスとヘミ。一方のベンは、仕事もせずにいつでも海外に旅行できる裕福な家庭で、日曜日には家族でカトリック教会のミサに与っている。だが、心は広いのだろうか? 暮らしているソサエティは大きく異なるが、3人の若者それぞれに“生きる理由に飢えている”ように見える。その“渇き”の深さは絶望に繋がっているかのよう。イ・チャンドン監督が、原作に描かれていないラストの結末を読み解いたシークエンスは、その絶望の現われのようにも思えて心に刺さる。 【遠山清一】

監督:イ・チャンドン、脚本:オ・ジョンミ、イ・チャンドン 2018年/韓国/韓国語/148分/原題:Burning 配給:ツイン 2019年2月1日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー。
公式サイト http://burning-movie.jp
Facebook https://www.facebook.com/burningmovie0201

*AWARD*
2018年:第71回カンヌ国際映画祭=歴代最高評価作品=国際批評家連盟賞・バルカン賞受賞。第38回韓国映画評論家協会賞撮影賞・国際評論家連盟韓国本部賞受賞。第55回大鐘賞映画祭最優秀作品賞受賞。第27回釜日映画賞最優秀監督賞・音楽賞受賞。第44回ロサンゼルス映画批評家協会賞外国語映画賞・助演男優賞(スティーブン・ユァン)受賞。 2019年:第91回アカデミー賞外国映画賞韓国代表作品。