映画「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」“知”と“文化”で市民社会を支える情報基地
ニューヨーク公共図書館(NYPL)は、映画「セックス・アンド・シティ」で主役コラムニストのキャリーが、本を返却しに行ったときに結婚式を準備している現場に遭遇して魅せられ、NYPLで挙式する決断をする印象的なシーンなど、数々の映画にもニューヨークのシンボルとして登場している。1911年竣工の本館はボザック調の建築美に見張り番に座っている大理石造りのライオン像など、観光客も多いランドマーク。外観にとどまらず世界有数の図書館として名を馳せるNYPLの魅力と実像をドキュメンタリー映画の巨匠フレデリック・ワイズマン監督が詳らかにしていく。単に本の置き場所ではない、“知”と“文化”で市民社会を支える情報基地として未来志向を鮮明にする在り方など、ワクワクさせられる3時間半のNYPLツアー。
“知”と“文化”の提供と
愉しむための活用ネットワーク
本作のNYPLツアーは、五番街玄関近くのアスター・ホールで開かれているインタヴュー・イヴェント“Book at Noon”(現在は休止中)から始まる。英国の進化生物学者リチャード・ドーキンス博士が、「真実について」の質問に答え“若い地球説”の創造論に立つキリスト教原理主義に対して忌憚のない批評を陳述する。この“Book at Noon”では米国の詩人ユーセフ・コマンヤーカの言葉と政治についてインタビューに答えるシークエンスも登場する。“Book at Noon”だけでなく“公共図書館ライブ”にはエルヴィス・コステロや2015年に回想記を刊行したパティ・スミス、作家のタナハシ・コーツ、陶芸家のエドムンド・デ・ワールなども登壇している。本館だけではない。舞台芸術図書館でのピアノコンサートやマイルズ・ホッジスのパフォーマンス、ブロンクス分館での演奏会、黒人文化研究図書館での「ブラック・イマジネーション展」ほか併設の研究図書館、地域分館・専門館での多種多彩な企画イヴェントに聴き入る聴衆の表情を捉えていく。
NYPL本館内の芸術的センスに彩られた閲覧室やホールを逍遥し、一方では多民族が移住しているニューヨーク市民の社会生活と知的ニーズを支援するNYPLスタッフたちのさまざまな働きに目を向けていく。市民からのさまざまな問い合わせ電話に対応する司書たち。高校生たちにNYPLの利用方法をレクチャーするピクチャー・コレクションのスタッフ。パソコンが使えなければ就職先斡旋のサービスを受けるのもままならない現代。チャイナタウンに近い分館では、中国系住民のためにパソコンの使い方や就職支援のレクチャーなどさまざまなサービスにも積極的に取り組んでいる。
NYPLは公立ではなく独立法人の公共図書館。市への補助金申請を行っているが、市民からの寄付金が収入の半分以上に達する。高額な有料データベースが無料で利用でき、本館や分館・研究図書館の収蔵図書や施設の修繕費を賄わなければならない。民間支援者に“公民協働”の重要性を説くマークス館長はじめ、さまざまなスタッフミーティングの議論にもカメラは入る。観光客や一般利用者は決して入れないNYPLの舞台裏、その活動とフィロソフィーへもワイズマン監督は案内してくれる…。
未来へ“図書館は進化する”
NYPLはニューヨーク市全5区を管轄する3つの公共図書館(ニューヨーク公共図書館・クイーンズ公共図書館・ブルックリン公共図書館)と4つの研究図書館、88の地域分館を併設し、活動している。だが、ワイズマン監督はそのような概要的な説明をするナレーション・テロップは一切使わず、静かな図書館内へ観客を導くように豪華な閲覧室の様子やイベント、聴衆、市民との諸活動をテンポよく映し出していく。講演やインタビューなどは、語られている趣旨がある程度理解できるほど時間を割いている。映し出される聴衆の真摯な姿勢に、観ているこちらも引き込まれていく。数多くの分館が地域の住民にさまざまなボランタリー活動を提供しているシークエンスは、図書館の域を超えている感がある。だが、NYPLの人たちはその活動こそ“公共”として一般市民に開かれた“図書館”の在り方として明日を見つめいる。
冒頭で映画「セックス・アンド・シティ」でのNYPL登場に触れたが、キャリーの婚約者は、「いまどき図書館で本を借りる人なんているの…」と軽く茶化す。だがNYPLの人たちは図書館の未来をしっかり見つめている。本作で新プロジェクトの責任者に就いた運営役員のアイリスは「かつて、『未来に図書館は不要と言われた』。彼らは図書館の進化に気づいていない」と語る。ワイズマン監督は、この情熱と確信を責務とする姿を冷静に説得力を持ってNYPLツアーに込めている。 【遠山清一】
監督:フレデリック・ワイズマン 2017年/アメリカ/205分/原題:Ex Libris: New York Public Library 配給:ムヴィオラ、ミモザフィルムズ 2019年5月18日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー。
公式サイト http://moviola.jp/nypl/
Facebook https://www.facebook.com/wisemanjp/
*AWARD*
2017年:第74回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門国際批評家連盟賞・フェアプレイ映画賞受賞。山形国際ドキュメンタリー映画祭正式出品。クリティクス・チョイス・アワード ドキュメンタリー部門監督賞受賞。第15回国際シネフィル協会賞ドキュメンタリー賞受賞。第18回バンクーバー映画批評家協会賞ドキュメンタリー賞受賞作品。