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収穫された農作物などを産地から市場に輸送し、新婚夫婦や新たな任地へ向かう家族らの夢を乗せて運ぶ鉄道列車の運転士。一方で、鉄道への飛び込みや不注意などから避けられない列車での轢死事故の当事者になることもある。急停車できない列車は、ブレーキを掛けても少なくとも数百メートルは滑ってようやく停止。故意ではなく避けきれないため運転士は、加害責任を負わされない轢死事故の“無実の殺人者”として心の背負う。そうした鉄道運転士の悲哀と誇りをブラックユーモアで描いた本作は、笑わせてホロっとさせるセルビア風ヒューマンドラマ。

【あらすじ】

定年間近の鉄道運転士イリヤ(ラザル・リトフスキー)は、4代にわたって運転士であることに誇りを持っているが、長年の運転業務中に列車事故で28人を轢き殺してしまった不名誉な記録も持っている。だが、父親は29人なので親子で57人轢き殺したと独白する。罪には問われない轢死事故だが、心の重荷はいくらかでも下ろしたい。鉄道事故で死んだ人たちの墓に花束を持っていくが、遺族たちからは煙たがれる。

イリヤには、19歳になるシーマ(ペータル・コラッチ)という一人息子がいる。孤児のシーマが鉄橋を歩いているのを間一髪で列車を止めることができた稀な救出例で、イリヤはシーマを養子にして育ててきた。イリヤは、結婚して間もなく妻ダニカ(ニーナ・ヤンコヴィッチ)を亡くし独身をとおしているため、鉄道仲間の家族もシーマを可愛がり隣近所みんなで子育てした来た。

心優しく繊細なシーマを心配したイリヤは、鉄道での轢死事故をシーマに話して聞かせてきた。だが、鉄道運転士になってイリヤの仕事を継ごうというシーマの思いは変わらなかった。願いが叶い、運転士の業務に就いたシーマ。イリヤと運転士家族らからは「事故は避けて通れないものだ。だが、一週間のうち、に一瞬で終わる」と聞かされ、励まされていたが、2週間、3週間と無事故が続くうちシーマの緊張感は限界に達していく。自己の不安を感じる場所の手前で列車を停めて安全確認してから走り出すなど列車ダイヤも乱れていく。

イリヤは25年前に死別した妻ダニカと毎晩語り合う… ©ZILLION FILM ©INTERFILM

そんなシーマを心配するイリヤは、25年前に死別した若々しいままの妻ダニカと夜な夜な一緒に食事をして語らい、鉄道仲間の家族たちにもダニカとの昨夜の出来事を話し出す。イリヤは気がふれてしまったのではないかと思い込む鉄道仲間たち。やがてイリヤは、鉄橋に佇み自殺するのではと思われる男に、自殺するなら(シーマが運転する)列車に飛び込み自殺してくれと頼み込んで断られるなど、シーマが早く自己の恐怖心から解放されるようにと手を尽くしていくが…。

【見どころ・エピソード】

オリジナル脚本も書いたミロシュ・ラドヴィッチ監督は、蒸気機関車の運転士だった祖父が線路上で17人の人たちを轢き殺したことから“チャンピオン”とあだ名されていた事実から、鉄道運転士の人生と不運な運命をベースにこのブラックユーモアの物語を撮ったという。シリアスでは描きにくい轢死事故を受け入れて乗り越えてきた老運転士と、“無実の殺人者”とはいえ人を轢き殺して仕舞うことの避けきれない出来事への恐怖心から運転士へと成長しようとする青年の心情が交差する描き方が祖父の実話をベースにしているだけに温もりが感じられる。

ブラックなユーモアも映像的な描写というよりは、イリヤがマロの楽隊を線路で轢いて仕舞ったときの替え歌や自殺願望者を自殺するなら鉄道で説得する会話など塩気の効いたユーモア。イリヤがシーマのために決意する行為に関連して、若いときの妻ダニカがイリヤに現れるシークエンスにしても人間の命が肉体とこの世の人生だけではないことを指し示しているように伝わってくる。ジャンルとしてはブラックユーモアなのだが、作品の目指す情景が心象風景と共に明日へ歩む勇気と癒しへの物語になっている。 【遠山清一】

監督・脚本:ミロシュ・ラドヴィッチ 2016年/セルビア=クロアチア/85分/原題:Dnevnik Masinovodje、英題:Train Driver’s Diary 配給:オンリー・ハーツ 2019年8月17日(土)よりシネマカリテほか全国ロードショー。
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公式サイト http://tetsudou.onlyhearts.co.jp/

*AWARD*
2016年:第38回モスクワ国際映画祭観客賞受賞。ユーロピーアン映画祭Palic2016スペシャル・メンション受賞。サラエボ映画祭2016 ユース観客賞第1席受賞。Arpa国際映画祭(ロサンゼルス)2016最優秀作品賞、脚本賞受賞。 2017年:米国アカデミー賞外国語映画賞セルビア代表作品。ジャイプール国際映画祭監督賞受賞。 ポートランド国際映画祭観客賞受賞。 FEST国際映画祭(ベオグラード国際映画祭)FEDEORA賞受賞。 Winter Film Awards 2017 監督賞受賞。