取材活動する望月記者 (C) 2019「i -新聞記者ドキュメント-」製作委員会

東京新聞編集局社会部・望月衣塑子記者。2017年春に発覚した大阪・森友学園への国有地売却疑惑、愛媛・加計学園獣医学部新設疑惑などの問題点を内閣官房長官記者会見で具体的に追及する姿勢がTVニュースやSNS、動画サイトなどにUPされ、それまでの通り一遍のように見えていた報道姿勢が新鮮な印象を与えてきた新聞記者。その望月記者が取り組んでいる森友学園問題や加計学園問題、沖縄・辺野古新基地、宮古島ミサイル基地など現在の社会情況をもたらしている為政者・権力者たちへの取材活動をとおして浮き彫りにしていく。

新聞記者、母としての日常を追う

国会議事堂内の取材場所を探して右往左往姿をドキュメンタリー作家・森達也監督が追う。「望月記者は方向音痴のようだ」のテロップが観る者の失笑を誘う。森友学園問題取材チームとして官房長官記者会見に出席しはじめたのをきっかけに加計学園獣医学部新設疑惑や伊藤詩織準強姦事件そして沖縄の辺野古基地埋め立て工事での赤土大量投下問題、宮古島ミサイル基地弾薬庫など黙っていれば隠されたまま進行する疑惑を追い、官房長官記や会見で一般市民にも理解できる言葉で情況説明と疑問点を質問する。望月記者のみ質問は2問までの制限が設けられているが、さらに質問の途中で「質問は簡潔にお願いしまーす」と官邸報道局長の注意喚起の声が頻繁に記者会見場内に響きわたる。

取材に駆けずり回り、ロビーでも歩きながらでも電話で連絡・質問をやり取りし、国会での記者会見に臨む日々。多くの記者が同様に忙しい日々を過ごしているのだろうが、社会部記者として市井の暮らしに近い視野と行動が伝わってくる。車での移動中、自宅の子どもたちと交わす電話での会話のときには、照れ笑いとともに母親の素顔に戻っていく。

意見を交わす望月記者と森監督 (C) 2019「i -新聞記者ドキュメント-」製作委員会

マスコミ報道の現況を知る

望月記者の官房長官記者会見を機に、記者の質問を制限する「申し入れ書」が国会記者クラブに提示され問題になったいきさつを森監督は丁寧にカメラ取材していく。当初は、望月記者の質問形式がそれまでの記者会見の慣例的な形式と異なり、疑問点を詳細に説明しながら問いかけている。いわば政治記者ではない畑違いの社会部記者らしい追及に、官邸と記者クラブの在り様に影響しかねない情況が生じかねない背景を感じさせられる。政治権力に新聞・テレビなどのマスコミ報道がチェック機能を果たせなければ、政治権力の広報機関に等しい立場に陥っていく。望月記者も一人のマスコミ報道人だが、まっとうな取材活動からの質問に思える報道姿勢が、記者クラブやマスコミ報道機関にどのように見られ、扱われているのか。政治権力と記者クラブや番記者制、その関係性を追うドキュメンタリーは、意見や発言する気力が損なわれていくような閉塞感の実情を浮き上がらせている。森監督自身、幾度も国会内の記者会見取材を申し入れている姿が映し出されるが、フリージャーナリストを阻む壁は高い。

望月記者と森監督が、森友学園問題の元理事長の籠池泰典・諄子夫妻や逮捕直前に準強姦容疑の逮捕状執行が取り下げられた事件の被害者・伊藤詩織さんらとの再会取材するシーンも、マスコミ報道などで印象つけられた姿とは異なる発言・意見を知ることができ対面取材の重要さが伝わってくる。映画のタイトル“ i ”は、おそらく「私」という主語も表わされているのだろう。容疑者・加害者・被害者、主義主張がどのように異なっていても、一人ひとりは懸命に生きており、小さいながらも想いや意見を持ち、判断して行動している。新聞記者個人もその小さな“ i ”であり、小さなが“ i ”発するさまざまな意見や疑問を吸い上げ、調べて、行政や政治権力者たちに問い質していく使命を持った存在。大きな力が、小さな“ i ”を圧し、一つの方向性だけに目を向けさせる社会ではなく、小さな“i”の発信を受け留め合える社会へと望みをつなぐメッセージを聴かせてくれるドキュメンタリーだ。【遠山清一】

監督:森達也 2019年/日本/113分/ドキュメンタリー/英題:i -Documentary of the Journalist- 配給:スターサンズ 2019年11月15日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー。
公式サイト http://i-shimbunkisha.jp
公式Twitter https://twitter.com/ishimbunkisha

*AWARD*
2019年:第32回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門作品賞受賞。