映画「家族を想うとき」ーー現代の“労働搾取”社会に巻き込まれていく家族の物語
2016年に「わたしはダニエル・ブレイク」でカンヌ国際映画祭パルムドール賞を獲得し引退を表明していたケン・ローチ監督が、実際に起きた宅配便個人事業主の事故の顛末に心動かされて義憤に駆られてメガホンを執った作品。1980年代以降グローバル化していく新自由主義が庶民に及ぼしている過酷な現状を直視し警鐘を発している。
家族を守りマイホームの夢を
託して契約した宅配自営業者
イギリス北東部の工業都市ニューカッスルに住むリッキー・ターナー(リス・ヒッチェン)は、妻アビー(デビー・ハニーウッド)と17歳の息子セブ(リス・ストーン)、12歳の妹ライザ・ジェーン(ケイティ・プロクター)の4人家族。10年前に銀行の取り付け騒ぎで住宅ローンが流れ、リッキー自身も建設の仕事を失い、転職を繰り返してきた。マイホームへの夢を諦め切れないリッキーは、大手運送会社の宅配事業フランチャイズの責任者マロニー(ロス・ブリュースター)から働けば働くほど収入が増えるという事業説明に期待し、自営業者として宅配ドライバー契約をする。パートで訪問介護の仕事に就いている妻アビーには、会社の車をリースで借り受けるより自前の車の方が収益がいいと説得し、アビーの車を売って、配送用のバンに買い換えた。
意気揚々と仕事に臨んだが、トイレに行くこともできない忙しなさ。指定の時間に届けられなかったり、体調を崩して休むとペナルティが課せられる。交通渋滞や留守宅があろうがノルマの宅配件数を果たさなければならず、夜遅くの帰宅になる。アビーも介護利用者宅への移動がバスと徒歩になり、帰宅時間が夜になることが多い。ライザ・ジェーンは学校から帰ってから一人で過ごすか兄のセブとテレビゲームをするぐらい。多感な時期のセブは、父親に反抗的姿勢を示すことも多くなってきた。家族の仕合わせと生活安定のためにと想い自営業者になったリッキーだが、体調を崩しストレスもたまっていく。アビーも移動の不便さから帰宅時間は遅くなり家族がそろうことも少なくなっていく。互いの心のずれが大きくなっていくなかで。セブが学校でケンカして両親が呼び出された。急に仕事を休むとペナルティを受けるリッキーは欠席するのだが、学校の対応に納得がいかずアビーをなじってしまう…。
“家族のために”が幻想化していく
過酷な新自由主義経済と社会構造
原題の“Sorry We Missed You”は、宅配を届けに行った家が不在の時に入り口に貼る連絡メッセージのことば。日本でも大手運送会社の宅配便の請け負う自営業ドライバーが増えている。これは世界規模の事業形態のようで、フランチャイズ制コンビニエンスストアー自営業者の過酷な労働情況も日本で報道されている。ケン・ローチ監督は、長時間労働しても賃金の低いパートタイムや雇用者から要請されたときだけ働くことができるゼロ時間契約労働者など労働者階級の困窮した生活が搾取のレベルだけでなく、彼らの家庭生活への影響と個人的な関係にどのように反映されているかという問題に注視して取り組んだと語っている。日本でも、中曽根内閣での三公社民営化の1980年代以降、小さな政府と市場の開放を謳う新自由主義経済のなかで経済的な格差拡大、貧困児童の増加などの問題が顕在化してしている。英国の現状をリサーチした本作は、いま日本の問題としても提示されている。【遠山清一】
監督:ケン・ローチ 2019年/イギリス=フランス=ベルギー/英語/100分/原題:Sorry We Missed You 配給:ロングライド 2019年12月13日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。
公式サイト https://longride.jp/kazoku/
公式Twitter https://twitter.com/longride_movie
Facebook https://www.facebook.com/movie.longride/
*AWARD*
2019年:第72回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。第67回サンセバスチャン国際映画祭Perlak部門出品。第44回トロント国際映画祭出品。