夫婦の溝に気づいた美希は、夫に絶縁状を書くのだが… (C)Shunya Takara

この作品を観終わって最初に想い起したのは、聖書の「創世記」2章に書かれているアダムとエバの物語だった。

その概要は、天地を創造した神である主(しゅ)は、七日目に人を創造した。主はエデンの園を設けて、人に園を耕させ、守らせた。主は、人に園のどの木の実でも食べてよいとしたが、ただ一つ、エデンの園の中央にある善悪の知識の木からは食べてはいけないと命じた。主は、人にすべての家畜、野の獣、空の鳥に名前を付けさせた。主が造られた野の獣や空の鳥たちはつがいであったが、人にはふさわしい助け手が見つからなかった。主は、人に「人がひとりでいるのは良くない」と言い、人を深く眠らせて彼のあばら骨の一つから女を造り上げた。この助け手をよろこび、女と名付けたのも人であった。

神である主が、最初の人であるアダムに任せた仕事の一つが生きものたちにふさわしい“名前を付ける”ことだった。本作も二組の夫婦が、避暑地で過ごす五日間で離婚の危機へ陥っていく展開に、名前を付けることと、ふさわしさが重要な役割を果たす興味深い物語だった。

二組の夫婦が避暑地で過ごす
五日間で表出した心の揺らぎ

物語の始まりは、ブランドネーム開発事業をしている飯塚由則(橋本一郎)と妻・美希(山本真由美)が、由則の仕事のパートナー林多香子(島侑子)とその夫・充(中村有)らと避暑地の貸別荘で五日間のバカンスを楽しもうとしている。ところが、貸別荘に着くと多香子のクライアントから決裁を得ていたネーミングの変更を求めるメールが入ってきた。折角のバカンスだが、急きょ対応策を練るためカフェレストランへ出かけて行った由則と多香子。別荘に残された美希と充だが、不倫関係にあった二人は情事に耽る。

ブランドネーム開発事業を営む由則(右)は、ビジネスパートナー・多香子(左)のクライアントからのクレームに急きょ対応する… (C)Shunya Takara

代案は決められなかったが、翌日に先送りして夕食に帰ってきた由則と多香子。少し酔いが回ってきた充が、「それらしいネーミングでいいんじゃないですか」と由則に少し不満をぶつけると、「事物には必ずそれにふさわしい名前がついているはず…。それは信仰的なものなのかもしれないが」と、自分の仕事の理想論を語る由則。充と由則の対話を聴いていた美希は、由則との間に埋まることのない溝の深さに気づかされる。

翌朝、由則あてに手紙を書く美希。由則と多香子は、仕事の続きで朝からカフェレストランへ。朝の散歩をしながら美希の「このまま駆け落ちしちゃおうか」と本気のようにも受け取れる一言に、戸惑いを隠せない充。美希は由則あてに書いた“絶縁状”を読んで感想を聞かせてと言い残し、独りで散歩を続ける。林の中を独り歩く美希を見かけた野鳥カメラマンの結城孝志(鶏冠井孝介)が、自殺するのではないかと勘違いして声をかけてきた。美希は結城と話しながら心のなかに在る揺らぎが増幅していく…。

理屈とべき論に塞がる心

仕事人間の由則の求めに応じて専業主婦として夫を助けてきた美希だが、夫との間にある溝に気づき、夫婦という名にふさわしい在り方とはを問い直す。彼女の心の揺らぎに巻き込まれていく二組の夫婦と結城。だが、夫婦という名にふさわしい在り方を求めて理屈とべき論に心を塞がれていた美希が、べき論ではない助け手の在り方を由則とたどり着くことができたような結末。その軽妙さは、助け手として自律していく夫婦像が失われゆく現代の在り様なのだろうか。【遠山清一

監督:宝隼也 2018年/日本/83分/英題:Suitable for You 配給:アルミード 2020年6月12日(金)よりアップリンク吉祥寺ほか全国順次公開。
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*AWARD*
2019年:JAPAN CUTS Hollywood 2019 フィルミネーション賞受賞。第11回オイド映画祭東京 主要キャスト賞受賞。