自分が被害を受けた時からは時効を過ぎているが、被害拡大をおそれ勇気をもって最初の告発者になったアレキサンドル (C)2018-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-MARS FILMS–France 2 CINÉMA–PLAYTIMEPRODUCTION-SCOPE

30年ほど前から80人以上の児童たちが神父による性的虐待を受けていた事実が白日の下に晒され、フランスを震撼させたプレナ神父事件告発の実情を描いた映画「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」が7月に公開される。タイトルは、事件の当事者でもある枢機卿が記者会見で“時効”が多いことを「神の思し召し」であるかのように失言した一言からとられている。事件関係者の裁判は現在も進行中で、フランソワ・オゾン監督は事実をもとに被害者たち苦悩と心情を丹念に取材し、ジャーナリスティックな映画に仕上げている。

性的虐待を受けた神父
の復帰に驚愕する信徒

フランス第二の都市リヨン。フランスにキリスト教が最初に伝播したこの都市でローマ・カトリック教会の熱心な信徒として妻と5人の子どもたちと暮らしてきたアレキサンドル。だが、ある日プレナ神父がリヨンに戻り司祭職に就いていることを知る。

アレキサンドルは、幼少期にボーイスカウトのキャンプでプレナ神父から性的な辱めを受けた忌まわしい経験がある。プレナ神父は教会から追放されたと思っていたが、リヨンに戻り現在も少年たちを指導者でいることに驚愕したアレキサンドルは、新たな被害者になることを恐れ教区の最高責任者バルバラン枢機卿にプレナ神父の解任と破門を求めて訴える。

だがバルバラン枢機卿は、30年前の出来事が表沙汰になるのを避けアレキサンドルにプレナ神父との和解するよう指導する。アレキサンドルと対峙したプレナ神父だが、出来事の事実は認めても謝罪はせず「病気だった」と言い訳に終始する。釈然としないまま和解の儀式には応じたアレキサンドル。だが、解任への動きすら見せない教会の対応に耐え切れずアレキサンドルは警察に相談し、プレナ神父から性的虐待を受けた被害者探しに奔走し、フランソワとまだ時効を迎えていないエマニュエルらと出会い、心の傷の苦しみにあえぎながらも声を出せなかった被害者と家族たちの声を拾い集めていく…。

まだ時効を迎えていない被害者のエマニュエル(左)も事件に対峙していく (C)2018-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-MARS FILMS–France 2 CINÉMA–PLAYTIMEPRODUCTION-SCOPE

関連裁判が現在も継続中という
ジャーナリスティックな映画

ブルジョア出身でカトリック教会信徒として信仰を持ち続けようとするアレキサンドル、忘れようとしてきた出来事を母親が教会とのやり取りの書簡類を保存していたことから正義感が奮い立っていくフランソワ、心的外傷後ストレス障害に苦しみ仕事にも就けなくなったエマニュエル。3人の物語を軸に報道や裁判で認定された事実が展開する。実際の被害者たちは何度もインタビューやルポ取材を体験しているためオゾン監督にはドキュメンタリーではなくフィクション作品を望んだという。

ローマ・カトリックの伝統が息づく町で、信徒として神の聖性と導きに信頼する心情と教会を告発することの奥深い葛藤が伝わり、神父や枢機卿や聖職者たちの人としての哀れさも滲み出されている演出。被害者たち3人に描き出されている社会的ステイタスや思想信条の違いが、社会的正義感を大上段に振りかざす作品とは異なっていて印象深い。カトリック教会だけでなくプロテスタント教会にも聖職者による性的虐待やパワーハラスメントなどが裁判になった事件は存在する。物語の最後に長男がアレキサンドルに「いまも神様を信じている?」と尋ねる。神の代理人を名乗る教会。神の実在と教会の実態を問う声は、カトリック教会にとどまらずプロテスタント教会と信徒一人ひとりにも発せられている問いでもある。 【遠山清一】

監督・脚本:フランソワ・オゾン 2019年/フランス/137分/映倫:G/原題:Grâce à dieu、英題:By The Grace Of God 配給:キノフィルムズ 2020年7月17日[金]よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー。
公式サイト http://www.graceofgod-movie.com
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*AWARD*
第69回ベルリン国際映画祭 銀熊賞(審査員グランプリ)受賞。第25回リュミエール賞 5部門(作品賞/男優賞:スワン・アルロー/脚本賞/撮影賞/音楽賞)ノミネート。第45回セザール賞 7部門8(作品賞/監督賞/主演男優賞:メルヴィル・プポー/助演男優賞:スワン・アルロー、ドゥニ・メノーシェ/助演女優賞:ジョジアーヌ・バラスコ/脚本賞/編集賞)ノミネート・助演男優賞(スワン・アルロー)受賞。