DV夫から子どもたちを護ろうと必死なクララを匿うマーク。 (C) 2019 CREATIVE ALLIANCE LIVS/RTR 2016 ONTARIO INC. All rights reserved

夫のDV(ドメスティック・バイオレンス)から逃れて大都市ニューヨークに身を潜めた母子3人が、見ず知らずの人たちの優しさと触れ合いながら子どもたちを護るため現実を見つめ夫と対峙する物語。母子と関わる優しい人たちも、それぞれが心に重荷を負い深い傷を持っている。癒されない心の傷を負わせた人への想いを超えて、自分を愛するように、他人を愛する姿は聖書の“よきサマリア人”のたとえ話に触れるようで、赦しと癒しへの光を指し示している。家族内のDVが発端の物語だが、困難と波乱のなかにあっても寄り添う誰かが起こされ自責と憎しみの狭間に清々しい陽ざしの温もりを感じさせてくれる。

DV夫から逃れて
ニューヨークへ

クララ(ゾーイ・カザン)は、息子のアンソニー(ジャック・フェルトン)と弟ジュード(フィンレイ・ヴォイタク・ヒソン)を夫リチャード(エスベン・スメド)から護るためニューヨーク市マンハッタンへと夜逃げする。だが、クレジットカードもキャッシュカードも夫が管理しているため着の身着のままの逃避行。着いた翌日、一人暮らしの義親の家に立ち寄り、当座の援助を求めるが、「二人の間に。息子は最高の警察官だ。夫の所へ帰れ」と鮸膠(にべ)も無い。仕方なく、子どもたちは昼間ニューヨーク図書館で過ごさせ、クララはドレスやコートなどを万引きして身支度しパーティに紛れ込んでは料理を盗み車で寝泊まりする日々。

同じころ、刑期を終えて出所したばかりのマーク(タハール・ラヒム)は、友人の弁護士ジョン・ピーター(ジェイ・バルチェル)の紹介で、老舗ロシアレストラン<ウィンター・パレス>のオーナーのティモフェイ(ビル・ナイ)と相談役らとマネージャー採用について面談していた。<ウィンター・パレス>は人柄はいいがティモフェイの軽手腕のなさに料理の質は劣り経営は窮状していた。見るに見かねた相談役らの切迫感からか、弁護士ジョン・ピーターの口添えもあってレストランを経営していたマークは採用された。

寂れつつある<ウィンター・パレス>だが、看護師のアリス(アンドレア・ライズボロー)は常連客の一人。看護師の制服にコートを羽織り、ティモフェイお勧めのキャビアサンドを注文する。両親を立て続けに病で亡くし、看病に忙しなくしているうちに恋人は別の女性をつくり去って行った。独身の寂しさが漂うのか、急なシフト変更に婦長はアリスを当て込んでいる。看護師のほかにもアリスは、セラピー集会「赦しの会」を主宰し、ホームレス給食のボランティア活動にもリーダー的な働きをしてかかわっている。「赦しの会」には弁護士ジョン・ピーターも参加していて、出所したばかりのマークも連れてきた。ホームレス給食のボランティア活動には、何をやっても周囲に理解されない失敗を繰り返して職に就けないジェフ(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)が紛れ込み、ボランティアと勘違いしたアリスと知己を得る。

孤独感をホスピタリティで乗り越えようとするアリスと、ピュアな行動が失敗を招くジェフ。 (C) 2019 CREATIVE ALLIANCE LIVS/RTR 2016 ONTARIO INC. All rights reserved

<ウィンター・パレス>の裏庭などに車を停めて夜を過ごしていたクララ母子だが、図書館近くの路上に停めておいた車を駐車違反で警察にもって行かれ、警察官の夫リチャードにも見つかってしまう。アンソニーの機転でどうにか夫から逃げ去り、アリスが「赦しの会」を開いている教会に逃げ込んだクララ母子。だが、弟ジュードが病院に担ぎ込まれる事故に遭い、またもや夫リチャードが病院に駆け込んできた。アリスの機転で難を逃れ、<ウィンター・パレス>で食事を振る舞われたが、アリスが中座したすきにグランドピアノの下に隠れて夜を明かしたクララ母子。翌朝、母子を見つけたマークは、事情を知らないまま匿い親切に面倒をみるが、母子三人の心は逃亡暮らしに疲れきっていた…。

心の重荷から始まる物語を

コメディ交えハートウォーミングな展開

夫リチャードから身を隠すことに限界を感じていたクララは、DVを受けていた息子たちの心の傷を想い訴えを起こし夫との対峙を決意する。クララを支えてきたマークは、裁判のため弁護士ジョン・ピーターを紹介する。看護師、セラピー集会の主宰、ボランティア活動など他人の役に立ちたいとに邁進してきたアリスは、孤立している自身の心の疲れに気づいていく。
DV夫からの逃避、父親のDVに苦しんできた子どもたち、身内の罪をかぶり懲役刑を受けた男、両親の看護に忙しない時期に恋人に裏切られ失意の傷を負う女性。重たい過去を背負う人たちが物語の発端だが、見ず知らずだったお互いが自分の涙を知るだけに他人の痛みに優しくできるストーリー展開。
ロシア料理店<ウィンター・パレス>オーナーのティモフェイと、何をやっても失敗ばかりのジェフが、狂言回しの役どころで重荷を背負いそれぞれに助けを必要とする4組の人たちをへ絡ませていく。苦しみを受けていた拘りからの解放が、他人と自分の負い目を赦すことからはじまることを微笑みながら語り掛けてくれるのが印象的な作品でした。 【遠山清一】

監督:ロネ・シェルフィグ 2019年/デンマーク=カナダ=スウェーデン=ドイツ=フランス/英語/115分/原題:The Kindness of Strangers 配給:セテラ・インターナショナル 2020年12月11日[金]よりシネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YAESU GARDEN CINEMAほか全国順次公開。
公式サイト http://www.cetera.co.jp/NY/
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*AWARD*
2019年:第69回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品作品。