アブラハ軍の侵攻に立ち向かうアウス (C)2021 マンガプロダクションズ

日本の東映アニメーションとサウジアラビアのアニメ制作会社マンガプロダクションズが共同で手がけた、初の日本=サウジアラビア合作による長編劇場アニメーション。サウジアラビアのマンガプロダクションズは、ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子が代表を務めるミンスク財団の子会社組織で、若者・次世代の育成とエンターテイメント産業の進行を掲げている同財団の目標に沿って制作されたもの。クルアーン(コーランの表記もある)105章「像」の章のほか、アッラー(神)がアラブの民を導いてきたフード章(11番目の章)のヌーフの方舟(旧約聖書のノアの方舟)、ユダヤの民をエジプトから約束の地への逃避行を導いたムーサ(旧約聖書のモーセの葦の海)など民族の旅の物語なども語られる。キャラクター原案や作画などは日本側が手がけているが、挨拶などの会話や風俗などはイスラーム文化に違和感をきたさないようチェックされているという。アニメーションの利点であるアラビア語版と日本語版それぞれに英語の字幕がついており、サウジアラビア初の長編アニメ映画として世界のマーケットにイスラーム文化の一端を発信している。

メッカ侵攻の外敵に
神の奇跡が起こる…

イスラームの預言者ムハンマドが出現する以前のジャーヒリーヤ時代、アラビア半島に戦火の嵐が吹き荒れていた。貿易で栄えていたメッカにも南からアブラハ(声:黒田崇矢)の軍勢が迫ってきた。交戦を嫌い平和的な解決を願うメッカの民衆は、アルファダ山に非難し祈りつつ進展を見守る。だが、アブラハが提示した条件は、「カアバの神殿と聖なる石の破壊」「信仰を捨てること」 「奴隷になること」など、到底メッカの人たちには受け入れられない内容だった。メッカの人たちは抗戦することを決意し志願兵による防衛隊が起ちあがった。

敵役のアブラハは仮面をつけていて衣装も当時の伝承とは異なる出で立ち。仮面はアブラハのモデルが顔に大きな戦傷を受けていた伝承からか… (C)2021 マンガプロダクションズ

志願兵のなかに身のこなしのいい青年アウス(声:古谷徹)がいた。アウスは、両親を殺した盗賊団の奴隷として育てられ盗みと戦闘に明け暮れて少年期を過ごした。だが、その盗賊団から逃亡し、彷徨いながら陶工ジュバイルの家に盗みに入ったがみつかってしまう。ジュバイルと出会ったアウスは、それまでの人生とは大きく変わり、成長するとジュバイルの娘ヒンド(声:三石琴乃)と結婚し息子ワハブも授かり家族を持つことができた。将来のあるアルスとヒンドを逃れさせて防衛軍に志願しようとするジュバイル。アウスは自ら家族と町を守ろうと志願兵として立ち上がる。防衛軍に流れ者のズララ(声:神谷浩史)が傭兵として守備隊に志願していた。アウスは、盗賊団から一緒に逃亡しようとして捕まったズララが生きていたことを素直に喜ぶ。だが、ズララの態度は何事にも覚めていて反抗的だった。

アブラハの軍勢は、メッカ守備隊の戦意喪失を目論見、巨大な像を前面にして押し寄せてくる。恐怖心に怯える守備軍を何とか立て直したアウスとズララ。守備軍のリーダー・ムサブ(中井和哉)は、先手を打つためアブラハに代表戦での決着を申し入れる。代表戦の戦士には、小隊長のニザール(声:中村悠一)、ズララそしてアウスの3人が立てられた…。

ムハンマド生誕年といわれる
“像の年”を現代の視点で脚色

本作の物語は、イスラームの聖典クルアーンの象の章に記されている巨像を引き連れた外敵がメッカに侵攻してきたが神(アッラー)の神罰を受けて壊滅した内容を骨格においている。この伝承の出来事があったのが“像の年”(西暦570年ごろ)といわれ、この像の年の出来事の50日後にムハンマドが誕生したと言い伝えられている。クルアーンとムハンマドと関係深い、ムスリムの歴史としても重要な伝承だが、メッカを侵攻するアブラハのモデルやムハンマド誕生前のメッカの宗教的情況などは現代的な視点で脚色されているようだ。

代表戦の戦士に選ばれたアウス、ニザール、ズララ (C)2021 マンガプロダクションズ

像の年にメッカに侵攻したアブラハは、本編では無神論者で無慈悲な将軍として描かれている。だが、本編のモデルと思われるアブラハのキャラクターは、アビシニア(現在のエチオピア)のアクスム王国からアラビア半島へ侵攻した伝承の人物。アクスム王国はキリスト教だったので、伝承のアブラハはアビシニアにキリスト教の神殿を建てている。一方、ムハンマドがイスラームを伝える以前のメッカのカアバ神殿は多神教であった。本編でアブラハが「カアバの神殿と聖なる石の破壊」を要求しているのは、伝承のアブラハは多神教による聖なる石への偶像崇拝の信仰と神殿の破壊を要求しているのが伝承のようだ。本編では、イスラームの信仰を捨てるように要求しているような理解が生じかねないストーリー展開のように懸念される。また、クルアーンの像の章では、メッカの防衛軍と侵攻してきたアブラハ軍とは交戦しないまま、アッラーの直接的な奇跡によってアブラハ軍は壊滅的な敗退に帰している。この辺りも人的なヒーローが描かれる現代的な視点から脚色された“物語”であってクルアーンの映画化ではないことの在り方なのかもしれない。本作の制作に携わっている東映は、子供向けの特撮ヒーロー番組「スーパー戦隊シリーズ」は、1975年から2020年までの45年間に44組の戦隊ヒーロが誕生している。今も昔も子ども・若年層にはヒーローたちが息衝いて育っている。本作が、これからのイスラームの若者たちに影響を及ぼすのか、現代的な視点での脚色とともに関心を持って日・サウジアラビア合作の“エンターテイメントアニメーション”を愉しんでみたい。 【遠山清一】

監督:静野孔文 2021年/サウジアラビア=日本/日本語吹替・英語字幕付き/110分/アニメーション/映倫:G/アラビア語題:الرحلة、英題:The Journey 配給:東映アニメーション 2021年6月25日[金]より東京:新宿バルト9、大阪:梅田ブルク7にて限定ロードショー。
公式サイト https://journey.toeiad.co.jp/