草原の暮らしに満足するサロールと都会に憧れるチョクト夫妻だが… (C) 2019 Authrule (Shanghai) Digital Media Co.,Ltd, Youth Film Studio All Rights Reserved.

ロシアと国境を接する中国・内モンゴルのフルンボイル草原で暮らす、ある遊牧民夫妻の物語。都会での暮らしに憧れる夫と、大草原でのいまの暮らしに満足している妻。互いに抱いている夢がすれ違う二人の口げんかは日常茶飯。それでも互いに一緒に居たい愛おしい思いは変わらない。そうした二人の複雑な情況は、現代のモンゴル遊牧民が抱えているジレンマを体現している。

都会に憧れるフーテンの夫と
草原の暮らしに満足している妻

家を出たまま帰って来ない夫・チョクト(ポリチハン・ジリムトゥ)を捜して、オートバイで草原を疾走する妻・サロール(タナ)。妻に黙って羊を売り払った金で町に出掛けていた夫が、しばらく経ってふらりと帰ってきた。心配していたサロールは腹を立てるが、持ち帰ってきたプレゼントを渡されると、仕方なく許してしまう。

ある日、夜空の草原にヘリコプターが飛来してきた。様子を見に出たチョクトは、軍用車の隊列と出会う。草原で何かが起きているようだ。遊牧民の草原での営みも変化している。かつては有刺鉄線などでの地境など設けなかったが、いまは勝手に羊の群れを入れて草を食べさせていると追い出される。また、地下資源も豊かなので開発会社に貸して都会で暮らす遊牧民もいる。一方で、資源開発の影響か広範囲に地盤沈下した土地もある。経済発展と政策展開の中で大草原も遊牧民の暮らしも変容している。

k現代の遊牧民はsマートフォンの位置情報機能で移動しても郵便物は届く。 (C) 2019 Authrule (Shanghai) Digital Media Co.,Ltd, Youth Film Studio All Rights Reserved.

変わりゆく草原よりも都会での暮らしと知らない世界に憧れるチョクトだが、モンゴル遊牧民の男としてのプライドも失ってはいない。仲間たちとの宴会で、野生の群馬を追い投げ縄一本で捕獲する腕を披露するチョクト。そんなチョクトの雄姿が誇らしく、草原で一緒に生きて暮らしたいと願うサロール。

冬のある日。牛を売り払って車を買う資金にすることを了承したサロールだが、吹雪が舞う夜になっても帰らないチョクトが、友人の兄が所有する小屋で購入した中古車を修理しているのを見つけ、衝動的に工具を修理している車に叩きつけケンカになる。勢い余って押し倒され出血して苦悶するサロール。サロールを背負って吹雪の中を病院へ向かうチョクトは、サロールに「お前とずっと一緒に居る」と約束の言葉で励ますのだが…。

もう一つの主役、変わりゆく大草原

惹かれ合いながらも想いがすれ違う夫婦のシークエンス展開する物語だが、舞台となる大草原の変わりゆく姿はもう一つの主役のよう。牧歌的な草原の美しさと自然の猛威の映像美とともに、政治や経済発展のために草原が痛めつけられていく悲哀も胸に刻まれる。ワン・ルイ監督は、2年前の東京国際映画祭での記者会見で、撮影前に大草原をリサーチしたことに触れながら、「環境は違っても、おそらくほかの国や地域の人々も同じように、人生をどう捉えるか、どう生きていくかということを思い悩んでいるのではないでしょうか。自分の行きたいように生きていくと周りのの人たちの反対にあったり、誰かの意見にそのまま従っていくと、心が苦しくて生きにくくなったりします。そんな個人が持っている欲望がある一方で、周りの人たちにどんな風に馴染んでいくかということ、その人生の葛藤を描いたのがこの作品であるといえます」とコメントしている。

家を出てどこにいるのかも分からない夫のチョクトを想いゲル(モンゴルの移動式住居)の前で夕陽を背にモンゴル長歌(オルティンドー)を独り歌うサロールの声と情景が、監督のことばの心象風景のように印象的で美しい。 【遠山清一】

監督:ワン・ルイ 2019年/111分/中国/中国語・モンゴル語/映倫:G/原題:白雲之下、英題: Chaogtu with Sarula 配給:ハーク 2021年8月21日[土]より岩波ホールほか全国公開。
公式サイト http://hark3.com/daichi/

*AWARD*
2019年:第32回東京国際映画祭最優秀芸術貢献賞受賞(映画祭での邦題「チャクトゥとサルラ」)。 2020年:第23回上海国際映画祭一帯一路映画週間オープニング作品。第33回金鶏奨最優秀監督賞受賞。