ユージン・スミスを演じるジョニー・デップ。 (C) 2020 MINAMATA FILM, LLC (C) Larry Horricks

水俣病が公式に確認されたのは1956年。コロナ禍の影響もあって、今年2021年に日本公開が行われるが、水俣病公式確認と環境庁(現:環境省)発足からちょうど65年目に当たるのも何かの繋がりか。ユージン・スミスと妻アイリーン・M・スミスが熊本県水俣を取材した写真集『MINAMATA』初版が1975年(日本語版は1980年)に出版されてから46年。20代のときユージン・スミスの写真集に触れジョニー・デップは、写真集『MINAMATA』にインスパイヤされて製作・主演に取り組み、まさにユージンが憑依したかのような演技で魅せる。それは、戦場カメラマンとして沖縄戦で重傷を負った後遺症の痛みとトラウマから逃れるアルコール漬けの日々から、水俣病患者たちの内心の叫びに覚醒されたフォトジャーナリスト魂の遺志を現代の私たちに表現し伝えている。

ニューヨークの場末に埋もれたユージン
の魂を揺り動かした水俣病患者の写真

1971年、ニューヨークの自宅兼スタジオ。離婚し息子と娘に養育費を送金しなければならないユージン・スミス(ジョニー・デップ)。フォト雑誌「LIFE」編集長のボブ(ビル・ナイ)に、回顧展で「ライフ史上最高の写真家だ」とスピーチしてくれと頼むが、ボブは「いや、君は史上最も厄介な写真家だ」と断られる。戦場カメラマンで日本の戦場で負傷したユージンは、その後遺症が体を痛みつけ、トラウマから逃れるためにアルコール依存症で生活は荒んでいた。

ある日、日本のフィルムメーカーの社員と通訳のアイリーン(美波)がCM撮影依頼にユージンを訪ねてきた。白黒フィルムでしか撮っていないのに、カラーフィルムの宣伝はできないと断るユージン。アイリーンには、もう一つの目的があった。日本の大企業チッソが水俣の海に垂れ流している工場排水で、病気になり命を落としている人たちを取材して世界に伝えてほしいという。一度は断ったユージンだが、アイリーンが置いて行った写真を見てその惨状にユージンは息をのむ。翌日、ライフ誌の編集室を訪ねボブに企業公害の特集を組むよう迫り、日本での取材を申し入れる。はじめは関心を示さなかったボブだが、副編集長のミリー(キャサリン・ジェンキンス)が、ニューヨークタイムズに小さい記事が掲載されていたことを助言すると、事柄の重大さを認めて承諾する。

チッソ工場での抗議デモを取材中、会社側の人たちに暴行され大けがを負ったユージン。くじけることなく水俣病を世界に気づかせる一枚の写真を撮った。 (C) 2020 MINAMATA FILM, LLC (C) Larry Horricks

水俣では、マツムラ・タツオ(浅野忠信)とマサコ(岩瀬晶子)夫妻が、ユージンとアイリーンを温かく迎えてくれたが、水俣病患者の娘は撮ってほしくないという。娘のこと以外は協力的なマツムラ夫妻から、チッソに被害の補償を求める運動の先頭に立つヤマザキ・ミツオ(真田広之)やメンバーのキヨシ(加瀬 亮)を紹介され、取材は進む。水俣病ついてもチッソ側は、15年前から工場排水に含まれている有機水銀が中毒症を引き起こすと認識していた事実を探り当てた。

ある日、ヤマザキの抗議デモを取材していたユージンは、チッソの職員に強引にノジマ社長(國村 隼)の所へ連れていかれる。ノジマ社長は、ppm(100万分率)単位の話から語り掛けて、住民たち(の被害)は「社会全体の利益の前では無に等しい」と言い切る。そして、ユージンに5万ドルの金額を提示し、撮影したフィルムのネガを買い取ろうと迫る。ユージンは、紳士的に対応しながらも社長からの取引話しには、はっきり拒否してその場を去った。ほどなく、何者かによってユージンの現像室(仕事小屋)が放火され全焼した。

心を打ち砕かれそうになったユージンだが、複雑な状況の中で分断される地域の人たちを分け隔てなく寄り添ってきたユージンには、もはや住民と患者の苦しみは他人事ではなくなっていた。ユージンは、意を決して患者の家族たちにお願いする。あなたたちの家族である水俣病患者を撮らせて欲しいと…。

社会問題の提唱よりも公害被害者
の心の苦痛と揺らぎに寄り添う

公害問題をテーマにした映画だが、ステレオタイプな社会派ドラマを超えてユージン・スミスが一枚一枚の写真に込めた問題の情況を“知ってほしい”、そして“気づいてほしい”し、“考えてほしい”と願う、患者と家族の心の痛みや悩みと闘うことへの揺らぎを表現するヒューマンドラマとして心に語り掛けてくる。

ユージンとアイリーン夫妻が取材を始めた1971年からちょうど半世紀が経つ。水俣界隈の町の様子は変わり、当時を再現する撮影は困難なため一部現地撮影したがロケ地はセルビアのベオグラード港近辺とモンテネグロの海岸沿いの町ティヴァト。かつて映画評論家の淀川長治は、マカロニウエスタンに関する解説で「映画には空気感が現れる」と述べていたが、水俣の浜辺に寄せるさざ波の音や風、雨、木や虫などの環境音を録音した。その細やかな想いが70年代の水俣を体感させてくれる。まさに地球は一つの村になった。地球のどこかで空気や水が汚されれば、瞬く間にあちらこちらの“住民”の健康と生命が脅かされる。エンドロールでは、公害による環境破壊がいまも世界の地域のなかで起きていることを無言のテロップで書き連ねている。

水俣病患者の申請は2万人を超えるが認定された患者は1割にも満たない。だが、劇症型ではなくても水俣病特有の症状に悩まされている住民は多い。“MINAMATA”は過去のこととして忘れさせるのではなく、多くの公害被害と同じように現在進行形である怖さを想わされる。 【遠山清一】

原案となった写真集「MINAMATA」が、9月に復刊された。

監督:アンドリュー・レヴィタス 2020年/115分/アメリカ/英語・日本語/原題:MINAMATA 2021年9月23日[木・祝]より全国公開。
公式サイト:https://longride.jp/minamata/
公式Twitter https://twitter.com/MINAMATA_movie
Facebook https://www.facebook.com/movie.longride/

*AWARD*
2020年:第70回ベルリン交際映画祭正式出品。

**写真集『MINAMATA』復刊**
映画「MINAMATA ーミナマター」の原案となった写真集『MINAMATA』(W. ユージン・スミス、アイリーン・美緒子・スミス / 訳:中尾ハジメ)が、復刊された。発行元はクレヴィス(定価:4,400円[税込]、版型:225 × 277mm/208ページ/モノクロダブルトーン印刷/上製)