映画「桜桃の味」ーーキアロスタミ監督特集で吟味された傑作たちが醸す人生賛歌
日本の撮影クルーと出演者で日本を舞台に撮った「ライク・サムワン・イン・ラブ」が長編作品の遺作になっり、日本の映画ファンからの支持も高かったイランの映画監督アッバス・キアロスタミ(1940年6月22日~2016年7月4日、享年76歳)。その没後5年を記念して企画特集「そしてキアロスタミは続く デジタル・リマスター版特集」が10月中旬から劇場公開上映される。初期の傑作をメインに7作品が組まれている。その中の「桜桃の味」(1997年)は、カンヌ国際映画祭パルムドール受賞を受賞しキアロスタミ監督の名を世界の映画界でも不動のものにした作品。彼の独特の語り口で説かれる人生賛歌が再びスクリーンによみがえるのが愉しみな作品。
自殺をめざす男が自分の遺体の
処理に腐心する特異な人生賛歌
中年男バディ(ホマユン・エルシャディ)が車のハンドルを握り、街の中、土埃が舞う工事区域などを運転しながら「金になる仕事があるが、やらないか」と男たちに声を掛ける。うまい話は危ない。訝(いぶか)しく思うのか、だれもがいなすように断る。すると一人のクルド人兵士が手を挙げてバディの車を呼び止める。兵舎まで乗せてほしいという。バディは、車の中でクルド人兵士に「明日の朝、穴の中に横たわった自分に声をかけ、返事があれば助けおこし、返事がなければ土をかけてほしい。そうすれば大金を君に渡そう」と、自分が自殺する後始末を依頼する。兵舎に戻る制限時間まで1時間ある。バディはクルド人兵士を街を望む山の中腹に準備して掘った穴がある場所に連れていく。だが、兵士は隙を見て街へ駆け下りていく。
再び、車に乗って自殺ほう助を手伝ってくれそうな男を探すバディ。土砂採掘上の近くで、アフガニスタンからイスラムの指導者(イラム)になろうとやってきた神学生(ホセイン・ヌーリ)に出会う。イスラムでは自殺を禁じている。宗教者としてバディを教導しようとするが、自殺ほう助は断られる。三人目に出会ったアゼルバイジャンの老人バゲリ(アブドルホセイン・バゲリ)は手に大きな袋を持っている。袋の中には、務めている博物館ではく製にするためのウズラが入っているという。バゲリ老人は、バディの依頼を受け入れた。死んでいたら埋める、息が合ったら助ける、どちらにしても20万トマン支払らわれる。バゲリ老人は、イスラムとして自殺は助けられないが、20万トマンあれば病気の息子の治療に役立てることができる。また、バゲリ老人も若い時に自殺を考えたことがあるという。なぜ人生に絶望して自殺しようとするのかを語ろうとしないバディに、バゲリ老人は自分がいま生きていることの経験を語りはじまる…。
キアロスタミ企画特集「そしてキアロスタミは続く」
デジタル・リマスター版での傑作7作品を一挙上映
中年男バディが運転する車は、曲がりくねった細い山路をスイッチバックしながら上り下りする。採掘場や未舗装の街を土埃を立てながら自殺した自分の後始末をしてくれる男を探す。その情景は、まるで先行きの見えない人生を映し出しているような遠景のようにも見える。バディの自殺したい要因は語られないので分からない。だが、バゲリ老人は、かつて自分も自殺しようとしたが今は生かされていることに満足し、そのきっかけになった出来事をバディに語り、あるペルシャ詩人の詩を朗誦し「約束は守る」と告げて別れる。バゲリ老人が語った桜桃の味は、アッバス・キアロスタミにとっては映画なのだろう。そう感じさせられるラストシーンが、自殺という重苦しいテーマから解放してくれた。 【遠山清一】
10月16日から公開されるキアロスタミ企画特集「そしてキアロスタミは続く」(デジタル・リマスター版にて上映)は、本作「桜桃の味」(1997年、99分)のほか「トラベラー」(1974年、72分)、「友だちのうちはどこ」(1987年、83分)、「ホームワーク」(1989年、77分)、「そして人生は続く」(1992年、95分)、「オリーブの林をぬけて」(1994年、103分)、「風が吹くまま」(1999年、118分)など、アッバス・キアロスタミ監督の傑出した作品を通して監督の人間観、信じて前を向いて生きようと励ます人生賛歌を分かち合える。
監督・脚本・編集:アッバス・キアロスタミ 1997年/イラン=フランス/99 分/デジタル・ リマスター版/原題:Tame gilas 配給:ユーロスペース 2021年10月16日[土]よりユーロスペースほか全国順次公開。(特集企画「そしてキアロスタミはつづく」リマスター版7作品上映。「桜桃の味」の日本初公開は1998年1月31日)
公式サイト https://kiarostamiforever.com
*AWARD*
1997年:カンヌ国際映画祭パルムドール受賞。