憲法記念日に寄せて─「市民的防衛論」、「小国」平和主義という選択肢

寄稿・稲 正樹(元国際基督教大学教員)

稲氏

「あまり通らない道」に活路

 

進む「専守防衛」 からの転換

 

岸田政権は、国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防の3点セットを年末までに改定し、敵基地攻撃能力の保有を安全保障政策の中に盛り込もうとしている。そうなれば、憲法改正を待たずして自衛隊は軍隊化される。対中国を念頭に南西諸島の軍事要塞化も進められている。

自民党は防衛費の増額を求める提言を4月中にまとめ、その中で防衛費のGDP比2%以上を明言すると報道されている。GDP2%の防衛費は10兆8千880億円となり、アメリカ、中国についで世界第3位となる。

これまでの専守防衛という安全保障政策の根幹部分の転換が図られている。敵基地攻撃能力の保有の先には、アメリカの核兵器を日本に配備して共同運用するという核共有論がある。

しかしながら、日本には50基以上の原発があり、そこを攻撃されれば壊滅的被害を受ける。日本が攻撃能力や核を保有すれば、相手国からの核攻撃にさらされる。

習近平がこの秋に3期目の国家主席になれば、その任期は2027年までとなる。中国が5年以内に台湾に軍事侵攻するのではないかと、台湾有事が論じられている。

台湾有事に米軍が参戦すれば、それは安保法制上の「重要影響事態」となり、自衛隊は米軍の後方支援を開始する。米中間の戦闘が続けば、米軍の損耗によって「存立危機事態」が発令され、自衛隊が米軍とともに戦う日本有事に発展する。

ウクライナに対するロシアの軍事侵攻に関するいくつかの言説において、憲法9条では平和が守れないという主張が出てきている。しかしながら、軍事的徹底抗戦によってウクライナ国内では一般市民の苦難と死傷者、そして難民の国外避難が続いている。

停戦を求める国際世論が現在の事態を動かすことは容易ではなく、その間にどれほどの死傷者が生じ、国土の壊滅的被害が続くのであろうか。

 

 「兵器」を用いない「防衛」の方法

 

このような時にあたって、アメリカの政治学者ジーン・シャープ(Gene Sharpe)の「市民的防衛論」(Civilian-Based Defense)が参照されるべきである。彼の主著は、ウェブサイト「Albert Einstein Institute – Advancing Freed
om with Nonviolent Action」( https://www.aeinstein.org)で読むことができる。

「市民的防衛」とは、軍隊ではなく一般市民を防衛の主体とし、非暴力手段によって市民生活を防衛する安全保障方法論である。軍事兵器を用いずに社会自体の力を用いて、国内での権力簒奪(さんだつ)や外国による侵略を防止し防御する。武器として用いられるのは、心理的・社会的・経済的・政治的なものであり、このような武器の使い手は一般市民と社会における多様な組織である。

「市民的防衛論」は、武装による専守防衛論でも無抵抗主義でもない。「軍事的な国防により軍事的勝利が保証されるわけではなく、敗北が常に起こり得る」として武装による専守防衛論を批判し、他方で「侵略に対して無抵抗の白旗論もとり得ない」という立場に立つ(麻生多聞『憲法9条学説の現代的展開─戦争放棄規定の原意と道徳的読解』法律文化社、2019年などを参照)。

千葉眞は「『小国』平和主義のすすめ─今日の憲法政治と政治思想史的展望」(思想1136号、2018年)において、以下のように論じている。日本国憲法は、その「徹底した平和主義」の見地によれば、国連の安全保障常任理事5大国の「軍事主義」的政策とは基本的に一線を画す非戦主義の立場に依拠し、世界平和への日本の役割として「小国」平和主義を志向している、と。

 

 「通るのを待っていた道」がある

 

仮想上はいくつかの道(選択肢)がある。一つは自衛軍あるいは国防軍を設置し、改憲を通じて現在の第9条第2項を削除するか骨抜きを計り、日本を通常の軍隊を有する「普通の国」とし、抑止力としての軍事力拡大の路線を模索する道─「よく通られた道」─である。

これと正面から対決するもう一つの選択肢は、「小国」平和主義の道─「人があまり通っていない道」─である。この二つの道を分かつものは、第9条を改定して日米同盟の強化を求めていくのか、国連との提携をさらに深めて日米同盟を相対化し、第9条の徹底した平和主義を活性化していくのか(活憲)である。そして後者の選択にこそ、21世紀の将来の日本の活路がある。それは「人があまり通っていない道」であるが、同時にそれは「誰かが通るのを待っていた道」でもある。日本の主権者である民衆と政府には、世界平和への政治的意志と地道な歩みが求められている。

「小国」平和主義の道に対しては、丸腰論ではないかという批判が当然出てくる。それに対抗するために、軍事力を用いないが「非武装」ではなく、「心理的・社会的・経済的・政治的な武器」を駆使して不正な侵略・占領に対し抵抗するための方法論である、ジーン・シャープの「市民的防衛論」がもっと検討、研究されてよい。

クリスチャン新聞web版掲載記事)

 

稲氏関連記事はこちら