試合には勝利してきたが、自分のハンディ、怖れと向き合うケイコ (C)2022 映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINEMAS

2010年から2013年まで聴覚障害をもつプロボクサーとしてリングで戦っていた小笠原恵子さんの自伝『負けないで!』(創出出版刊)を原案に、三宅 唱監督と酒井雅秋が共同脚本で練り上げたフィクション作品。主人公の女子プロボクサー・ケイコ役を岸井ゆきのが演じている。ボクサーの日々の鍛錬に増して、原作が醸し出す自己との闘いに克己する心の軌跡が岸井ゆきののリアルな演技から伝わってくる。殴られる恐怖、怖くても前へ進むために自分の心と真摯に向き合う姿は、人生のさまざまなハンディと対峙し、克己する清々しさへと励まされる。

耳の聞こえない女子プロボクサー・ケイコ
闘う怖さを知ってからの生き様が胸を打つ

2020年12月。再開発が進む東京の下町。終戦の年に旗揚げした古参の荒川ボクシングジムに通う29歳の小河ケイコ(岸井ゆきの)。感音性難聴の障害で生まれつき両耳とも聞こえないが、同ジム所属の4回戦プロボクサー。プロデビュー戦では勝利し、この日は第2戦を戦っている。リングサイドには母の喜代実(中島ひろ子)とシェアルームで同居して暮らしの弟・聖司(佐藤緋美)も観戦している。だが喜代実は、ケイコがパンチを受けて前のめりになりながらも打ち込もうとする姿に耐えられず目を背けてしまう。それでもケイコは試合に勝利した。翌朝、実家に帰る途中に喜代実は「いつまで続ける気?、プロになったのだから、もういいんじゃない?」と、ケイコに母親の胸の内を明かす。答えに詰まるケイコ。

両耳が聞こえないハンディキャップをもつケイコが2勝したことで、ジムの会長(三浦友和)は新聞記者の取材に対応している。小さい時からいじめられてきたケイコ。悔しさから強くなろうとしてか、どこのジムに行っても、レフリーのコールもセコンドの指示も聞こえないケイコの危険性から断れてきた。ケイコを受け入れた会長は、記者の質問に「ケイコには、才能はないかも…。ただ目がいいんだよね」と応える。温厚な会長には育成しようとする人間の内面にも目が届くようだ。だが、ジムの練習生は辞めていく若者が増えている。また、デビューして2勝したもののケイコは、ジム専属トレーナーの林誠(三浦誠己)と松本進太郎(松浦慎一郎)から相手のパンチを恐がり前のめりになっていく弱点を指摘されていた。日々のトレーニング記録とともに心の想いをノートに書き続けているケイコは、ふと「一度お休みしていいですか…」と会長言葉を書き始める。

会長はケイコの成長を見守るように指導しトレーニングにも対応する (C)2022 映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINEMAS

ある日、妻(仙道敦子)に付き添われて受けた病院の検査では、視力が急激に低下していることと、かつて脳梗塞を発症した後遺症の危険性があることを医師から指摘され再検査を勧められる。会長はやむなくジムの閉鎖することを決断したと練習生たちに宣告したことが、トレーナーからメールでケイコに伝えられた。既に決まっている第3戦の試合日は迫っている。迷いと自分の怖れる心と闘うケイコ…。

空を打つような
拳闘はしない

ストーリーは、身体のハンディキャップをもつボクサーが、ボクシングを通して自分の心と対峙し闘うケイコの姿が、16ミリフィルムで柔らかな陽ざしと川縁にある下町の温もりのある生活音で描かれる心象風景と印象深い。殴り合うために厳しい鍛錬を毎日積んでいくボクシングをテーマにした映画だが、観終わった後、人生へのさわやかさを持ったエールを感じて、ある聖書の言葉に思いを巡らせた。

「私は目標がはっきりしないような走り方はしません。空を打つような拳闘もしません。 むしろ、私は自分のからだを打ちたたいて服従させます。ほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者にならないようにするためです。」
初代キリスト教会の使徒パウロが、キリストを伝える生き方を自らに架したコリント人への手紙第一 9章24~27節だった。 【遠山清一】

監督:三宅唱 2022年/99分/日本/映倫:G/ 配給:ハピネットファントム・スタジオ 2022年12月16日[金]よりテアトル新宿ほか全国公開。(本作は『UDCast』『HELLO! MOVIE』方式によるバリアフリー音声ガイド、バリアフリー日本語字幕に対応。詳しくは公式サイトの「THEATER」欄参照ください)
公式サイト https://happinet-phantom.com/keiko-movie/
公式Twitter https://twitter.com/movie_keiko

*AWARD*
2022年:第72回ベルリン国際映画祭出品。第27回釜山国際映画祭出品。第66回ロンドン映画祭出品。第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭出品。第11回バーゼル・ビルトラウシュ映画祭出品。第22回ニッポン・コネクション出品。第51回モントリオール・ニュー・シネマ国際映画祭ほか多数出品作品。