新年を迎えた夜空を照らす花火に見入るヒラリーとスティーヴン (C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

1980年代初頭、英国の経済は低迷し、高い失業率に市民の鬱憤は黒人はじめ移民層にも向けられ厳しい人種差別の波が高まっていた。そうした、重たい不安感につつまれていた時代、海辺の静かなリゾート地マーゲイトに建つエンパイア・シアターが物語の舞台。心の病の治療を続ける中年の白人女性を適度な距離感で同僚職員たちは見守る。その映画館に、大学受験に失敗した黒人青年が新規に採用された。それぞれの人生はいろいろ、時代の閉塞感とそれぞれの心の闇に、映画館のロビーの上部に刻印されている「暗闇の中に光を見いだす」(Find Where Light InDarkness Lies)ということばが、観る者の胸に一条の光となって届いてくる温もりのある作品。

不安な時代に在ってもいつも寄り
添っている ひと・音楽・映画…

趣のある玄関ホールのエンパイア・シアター。劇場の外壁にはCINEMA・BALLROOM・RESATAURANT・LICENSED・CAFE&BARSと書かれた館内施設の案内看板。だが、今はかつての賑わいはなく、メインスクリーンのみ営業しているの映画館。それでも、いつものようにマネージャーのヒラリー・スモール(オリビア・コールマン)が館内の電灯、ポップコーンマシーンなどのスイッチを入れて周る。職員たちが玄関ロビーに集ま入り口前で開館を待つ観客を出迎える。ヒラリーは心の中に闇を抱えているが、スタッフたちに温かく見守られてきた。ただ、支配人ドナルド・エリス(コリン・ファース)は、ヒラリーの心の病を理解しながらも、気が向くままに孤独なヒラリーを自分のオフィスに誘い込む。そんな不倫関係をスタッフたちも知っていた。

シアターの前を通るデモを懸念するヒラリー(右から2人目)とスタッフたち (C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

ある日、エリスが新たに採用した黒人青年スティーヴン(マイケル・ウォード) をスタッフたちに紹介する。明るく前向きな性格で好奇心旺盛なスティーヴンはすぐに溶け込み、ヒラリーも少しずつ心を開いていく。大みそかの夜、ヒラリーはエリスから、仕事の後に彼のオフィスで一杯飲もうと誘われる。だが、以前から自分の都合しか考えない身勝手なエリスとの関係にヒラリーは虚しさを募らせていた。ヒラリーが閉館の片付けをしていると、同僚のジャニーン(ハンナ・オンスロー) とダンスに出かけていたスティーヴンが劇場に戻って来た。ここ数年、ヒラリーは劇場の屋上から花火を見上げ、一人で新年を祝ってきたが、スティーヴンも合流したいという。カウントダウンの後、思わずスティーヴンに新年のキスをして慌てるヒラリーに、スティーヴンは優しく微笑む。すっかり打ちとけたヒラリーは、大学で建築を学びたかったというスティーヴンに、「諦めないで。自分が望む人生は自分でつかむのよ」と励ます。

1981年、不況は深刻化し、人々の不満が人種差別へと向かい、各地で暴動が起こり始めていた。戦争に勝利したが多くの若者が戦死したイギリス。スティーヴンの両親も労働力不足から受けれられて来た移民だが、失業率が上がると差別意識を行動に移す若者たちは「生まれた国に帰りな、サル」とスティーヴンを罵倒する。だが、スティーヴンは挑発に乗らず、しっかり自分を見つめて前向きに生きようとし、ベテラン映写技師のノーマン(トビー・ジョーンズ) から映写技術の手ほどきを受けながら映画と映画館の素晴らしさを知っていく。そうしたスティーヴンに何かを感じたヒラリーは、母子ほど歳の差があるスティーヴンとの恋に堕ちていく。それは、やがて劇場のスタッフたちにも感づかれ、同僚のニール(トム・ブルック)からも注意され、心が動揺し不安定になっていくヒラリー。そんな折り、人種差別を声高に叫び、暴れまわっている集団がマーゲイトにもやってきた。その中にいたスティーヴンを罵っていた数人が、スティーヴンを見つけると劇場の玄関ロビーに迫って来た…。

監督・脚本のサム・メンデスが
青春時代を鏡に映し出している現代

サム・メンデス監督は1965年生まれ。ちょうど思春期から青年へと自己形成される時期と重なり「いま振り返って考えると、当時のイギリスの人種問題と音楽・映画の結び付きは、とても特殊であり斬新だった」ことが、本作のオリジナル脚本を書き上げるきっかけになったという。
映画作品の場面シーンはほとんど描かれていないが会話でのセリフや話題は愉しませてくれる。クリスチャンには懐かしい「炎のランナー」(1981年、Chariots of Fire)が、エンパイア・シアターのプレミアショー上映されるとき、エリスとの関係に疲れたヒラリーが思わぬ行動をとり重要な展開をみせていく。

ヒラリーの心の闇が深く乱れていく。アパートの住民らもその変化に気づき、ソーシャルワーカーが来ても部屋に入れないヒラリー。彼女がソーシャルワーカーや警察官らと対峙する強烈なシーンに流れるキャット・スティーブンスの“Morning Has Broken”。讃美歌(邦題「世のはじめ」讃美歌444)をポップなピアノでアレンジしたこの楽曲は、清々しい朝の光景を歌っている。だが、天地が創造されるまえは「地は茫漠として何もなく、闇が大水の面の上にあった」だけ。ヒラリーの混沌とした闇のような心の葛藤が、初めての朝の光に包まれることを望むような印象深い演出。それは、新型コロナウィルスのパンデミックな閉塞感に沈み込んでいくようななかでも、自分との闘いに見失ってはならないものを呼び覚ましているように鳴り響いていた。【遠山清一】

監督・脚本:サム・メンデス 2022年/115分/イギリス=アメリカ/原題:Empire of Light/ 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン 2023年2月23日[木・祝]よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー。
公式サイト https://www.searchlightpictures.jp/movies/empireoflight
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*AWARD*
2023年:第80回ゴールデングローブ賞最優秀主演女優賞(オリビア・コールマン)ノミネート。第76回英国アカデミー賞英国作品賞、助演男優賞(マイケル・ウォード)、撮影賞(ロジャー・ディーキンス)ノミネート。第95回アカデミー賞撮影賞(ロジャー・ディーキンス)ノミネート。