結婚のことやがんの進行を”ありのまま”語るゆずなさんと翔太さん夫妻 (C)大宮映像製作所

医療制度と介護保険制度の狭間で十分な行政サービスを享受できないAYA世代(あやせだい:Adolescent[思春期]& Young Adult[若年成人]の頭文字。大体15歳ぐらいから30歳代)と呼ばれるのがん患者層が存在する。就学・就職、出産・育児など多く場合、夢と希望に向かっている時期に、ひとたび困難に直面すると経済的な支えとなる医療・福祉などの助成制度がほとんどない。看護師として医療最前線で活躍していた鈴木ゆずなさんが、がんを発症したのは27歳のとき。仕事を休職し、夫の翔太さん(当時30歳)に支えられながら適応される制度がほとんど無いなかで得た人とのつながり、暮らしの中で気付かされた事々を“ありのまま”映像に記録していく。それは厳しい闘病の記録に留まらず、制度の狭間を埋めていく人と人とのつながり、ケアの視野を広げる気づきを指し示している。

診断はステージ4の舌がん
迷わずに「手術するしかない」

人の役に立つ仕事に就きたいと念願の看護師として働いていたゆずなさん。はじめは口内炎と言われていたので、治るとしか思ていなかった。だが、2020年2月にステージ4の舌がんと診断された。ゆずなさんの決断は早かった。「悲観ぜずに、とりあえず、手術しかないと…」、3月には手術。舌の半分左側を切除して太ももの筋肉を移植し、頸部リンパ節に移転していたがんも削除した。

学生時代に知り合った夫・翔太さんは、ゆずなさんのがん発症を理解したうえで結婚を望んでいた。ゆずなさんは、がんの進展はどうなるかわからない情況を翔太さんに伝え、実家の義姉・春花さんにも、翔太さんの本心を聞き出してもらった。翔太さんは「(ゆずな)といっしょにいると一番楽しい。だからゆずなといっしょに居たいし、ゆずなと結婚したい」と応答。二人は3月に結婚し、抗がん剤治療を始める前に受精卵を凍結保存した。

看護師として医療現場の最前線でケアをしていたころのゆずなさん(前列中央)と同僚たち (C)大宮映像製作所

働けない、治療費はかかり切詰めて生活
支援制度の狭間を援助するNPOとの出会い

8月には、がんの肺への転移が見つかり、さらに翌21年5月には脳へ転移し右手が不自由になっていく。ゆずなさんと翔太さんは、ある程度の覚悟をもって「人生、何がしたい」と話し合う。ゆずなさんの希望は結婚式。コロナ禍だったが、二人は職場の同僚や友人たちを招いて6月に結婚式と披露宴を開いた。放射線治療中だが、ゆずなさんの体調が良い時期だったゆずなさんは、二人で富士山に登ったり友人と旅行に出かけたりと、今したいことにチャレンジする。8月には、看護師仲間が念入りな予防と準備をしてゆずなさん夫婦を励ます会を開いてくれた。

翔太さんは仕事についていても、ゆずなさんは病気で働けず無収入。さらに、治療費は掛かるのに医療費の支援制度がほとんどないAYA世代。脳腫瘍の影響で右手の自由が利かなくなり家事にも影響しているが介護保険は40歳代からでないと利用できない。そんなゆずなさんを見かねた先輩看護師の西川彩花さんが、転職先の人たちにも相談して高次脳機能障害ピアカウンセリング事業などを展開しているNPO「地域で共に生きるナノ」を紹介する。ゆずなさんは、はじめは自分がボランティアとして何か出来ることはないか聞きに行く様子で訪ねた。だが代表の谷口眞知子さんは、話しの途中でゆずなさん自身が援助を必要としていることに気づいて受け入れる。さらには、自治体の関係部署と相談しながら障害者手帳を受給できるまで整えてくれた。「ナノ」の利用者として認められ、行政援助でのケアとつながったゆずなさんは「安心感が大きい」と素直に喜び、感謝する。

谷口さんの息子さんは、大学を卒業して就職し、出社初日に事故に遭い脳に傷害を持った。高次脳機能障害の青年が利用できる制度はほとんどなく、家族だけで医療・介護を支えることになった。このことをきっかけに、みんなで助け合う社会になってほしいと願って「地域で共に生きるナノ」を立ち上げた。さまざまな障害を持つ人たちが集う「ナノ」に通うようになり、ゆずなさんは「自分だけしか見えてなかったことに気づかされた」とLINEに書き送っている。また、スタッフが障害者と接し方、対応のし方を観て「後輩の看護師たちに見せたあげたい」と感動する。

ゆずなさん29歳の誕生日、「ナノ」の前に広がる空にみごとな虹が架かった (C)大宮映像製作所

「ナノ」に集う仲間やスタッフらに結婚式の写真のときの写真を見せながら談笑するゆずなさん。一人のスッフがゆずなさんに「いま何がしたいの」と尋ねると、「気球に乗りたい」と答えたという。だが、29歳の誕生日が近づくなかで、ゆずなさんの体調は持つだろうか…。

少人数にしても、全国のどこかに
同様の人がいるかなって思って…

本作の冒頭、録音再生で「あんま多分こういう事例ってなかなかないと思うんですよね。も少人数にしても やっぱ全国のどこかには こういう人がいるかなって思って… 私たちもいろいろ悩んできたので、葛藤とか… 素直に、記録として発信して、ありのままを観てもらえれば、それでもだけでもいいもかなぁと思います」と、ゆずなさんの声が流れる。大宮浩一監督は「ケアを紡いで」を作品タイトルにした想いを、「(看護師として)ケアをする側にいたゆずなさんが、ケアを受ける側になり、気づいたこと、感じたことが、この映画を見てもらうことによって、見た人のケアにまたなればいいという思いを込めた」とインタビューで語っている。病や制度から漏れた現実を恨む言葉を発することもなく、“ありのまま”のままの自分を記録として残すことを願ったゆずなさんの想いが、どこか明日を目指しているかのよう。青空にいくつものバルーンが浮かぶ清々しいラストシーンが心に届いてくる映画だ。【遠山清一】

監督:大宮浩一 2022年/89分/日本/ドキュメンタリー/ 配給:東風 2023年4月1日[土]よりポレポレ東中野ほか全国順次公開。
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