映画「アンジェリカの微笑み」--“完全愛”に永遠性への賛歌奏でる哲学詩的映像美
今年4月に106歳で他界されたとき短編映画を手がけていたスペインの巨匠マノエル・ド・オリヴェイラ監督が、101歳の時に撮った作品。シンプルなストーリで彼岸への永遠性と“完全愛”を詩的な映像美で描き、農夫の労働歌と同宿者らの知的な会話に哲学的な思索へと誘われる。
ドウロ河沿いにある小さな町。夜半、そぼ降る雨。町に一軒しかない写真店の前に一台の車が止まり、執事然とした男が呼び鈴を鳴らす。町一番の富豪ポルタシュ家に仕える執事だが、応対した妻は店主の不在を告げる。通りがかった男が、近くの下宿屋にいるセファルディム(移り住んでいるユダヤ人)の青年イザク(リカルド・トレバ)が、写真を趣味にしていると教える。
ポルタシュ家の娘アンジェリカ(ピラール・ロペス・デ・アジャラ)が急逝し、葬儀のための写真を撮る者を捜していると執事の話を聞いた下宿屋の女主人は、セファディムの青年イザクに用件を伝え、渋るイザクを説得して送り出す。
富豪の館に着くと、アンジェリカの姉でカトリックのシスターが応対し、イザクがユダヤ人であることに気づき困惑するが、イザクは「僕個人は宗教に何の関心もない」と答えて姉の心配を気遣う。
通された広間中央の長椅子に横たわるアンジェリカの亡骸を、ごく身内の人たちが遠巻きに座り悲しんでいる。促されてイザクがアンジェリカの写真を撮り始める。ファインダーを覗き、ピントを合わせていると一瞬、アンジェリカが目を開けイザクにほほ笑んだ。思わず後ずさりするイザク。だが、周囲の人たちはアンジェリカの異変に気づかない様子だ。
翌日、写真を現像し乾燥するため室内に吊るしていると、また、アンジェリカが目を開きイザクにほほ笑む。イザクは、アンジェリカの美しさに心を奪われた…。
ショパンのピアノソナタ3番ロ短調3楽章「ラルゴ」の旋律にのって、死者の美しさに囚われた魂が、夢の中でアンジェリカとの“完全愛”を確信するイザクの悩ましさと憧憬が美しく描かれていく。美と永遠への探求が、時として死を乗り越えたものとして描かれることは、芸術の世界ではよく見受けられる。だが、そこには神との決定的な断絶を回復させるものは何もない。オリベイラ監督が見据えた“完全愛”は、死が生を断絶させる存在とは捉えていないのかもしれない。下宿屋に同居している人たちと女主人の会話、農夫たちの労働歌の挿入など映像美と思索への誘いは不思議ないやし感を漂わせている。 【遠山清一】
監督:マノエル・デ・オリベイラ 2010年/ポルトガル=スペイン=フランス=ブラジル/97分/原題:O Estranho Caso de Angelica、英題:The Strange Case of Angelica/ 配給:クレストインターナショナル(創立25周年記念作品) 2015年12月5日(土)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開。
公式サイト http://www.crest-inter.co.jp/angelica/
Facebook https://www.facebook.com/angelicanohohoemi
*AWARD*
第63回カンヌ映画祭ある視点部門オープニング作品。