映画「或る終焉」--終末期患者と向き合う看護師が繰り返し経験する死と喪失
マイケル・フランコ監督自身が、逝去した祖母を親身にケアした看護師に感銘を受けたのをきっかけに生まれたサスペンスフルなヒューマンドラマ。監督が取材した女性看護師は、家族でさえ羨むほど祖母との親密な信頼関係のなかで介護し臨終にも立ち会った。監督の祖母が他界してからは、しばらくほかの患者を担当できないほど気落ちする。介護士として20年のキャリアのなかで、親密な信頼関係を得た患者を失った喪失感は深いものがあり、その繰り返しは時に慢性的(原題名のChronic)なうつ状態に陥ることも経験したという。終末期患者の苦悩と苦痛、自死への誘いなど看護師が直面する患者とその家族との関りがリアルに描かれ、安楽死を依頼されることもある緊張と心理的葛藤が、人の苦しみに寄り添うことの意味を深く問いかけている。
【あらすじ】
終末期患者の看護師をしているデヴィッド(ティム・ロス)。息子の死をきっかけに妻ローラ(ネイレア・ノーヴィンド)と離婚し、大学生の娘ナディア(サラ・サザーランド)とも疎遠な関係になり、長年ひとり暮らしをしている。
デヴィッドは、エイズ末期患者のサラ(レイチェル・ピックアップ)を担当している。患者との信頼関係は、親密なものに作り上げていくデヴィッドは、サラの好みを熟知し体調の様子を見極めては見舞いに来た家族のと交わりもにも無理をさせない。サラが亡くなり、葬儀と埋葬に参列したデヴィッドは、その夜、バーで隣りの若いカップルに「今日、妻が亡くなった。名前はサラ」と嘘の会話で気を紛らわす。
サラの次に担当したのは、脳卒中で倒れ半身まひになった老人のジョン(マイケル・クリストファー)。「ポルノは芸術だ」と言いながらポルノサイトを閲覧するジョンに、「身体に悪いよ」と冗談めかしてたしなめる。ジョンが建築設計家だと知れば、彼が設計した家を探して見に行く。そんなジョンが、真顔で「もう死なせてくれ。でも死ぬ前に売春婦を呼んでくれ」と言うと、デヴィッドは「その元気があるなら、まだ死なない。でも次に呼ぶのは売春婦ではなく、司祭だな」とユーモアで切り返し、コミュニケーションを深めていく。だが、親密になるデヴィッドにジョンの家族は、看護を逸脱しているとばかりにセクハラで訴えると会社のクレームをつけデヴィッドを外した。
患者の家族に理解されない傷心を、別れた妻と娘と会うことでどうにか持ち直したデヴィッド。やがて末期がんの化学療法に苦しんでいるマーサ(ロビン・バートレット)を担当した。マーサは、デヴィッドの過去の事件を持ち出しながら「死なせてほしい」と安楽死の処置をするよう求めてきた…。
【みどころ・エピソード】
過去に起こしたある事件を引きずり続けている重荷だけではなく、末期の患者に寄り添い、人間としての絆が結ばれると間もなくその死を看取る深い喪失感を幾度も経験する看護師デヴィッド。その細やかな看護師の所作や、心の奥底に抑え込まれたもの憂い心の動きをティム・ロスが坦々と演じている。日々身体を鍛え、患者とのコミュニケーションに全身全霊を注ぐ姿勢は、テクニカルなプロ意識を超えて看護師として寄り添う人生を生きようと決断した凄まじさを見せられる。それだけに、観る者に多種多彩な解釈を投げかけるようなラストシーンが、いつまでも心に語り続けている。 【遠山清一】
監督・脚本:マイケル・フランコ 2015年/メキシコ=フランス/英語/94分/映倫:G/原題:Chronic 配給:エスパース・サロウ 2016年5月28日(土)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開。
公式サイト http://chronic.espace-sarou.com
Facebook https://www.facebook.com/chronic201605/
*AWARD*
2015年:第68回カンヌ国際映画祭脚本賞受賞作品。