モンゴルの空港で待つ父と会いたい。国境を超えゴビ砂漠をさまよい歩くジュニ (C)2008 BIG HOUSE/VANTAGE HOLDINGS.All Rights Reserved.
モンゴルの空港で待つ父と会いたい。国境を超えゴビ砂漠をさまよい歩くジュニ (C)2008 BIG HOUSE/VANTAGE HOLDINGS.All Rights Reserved.

政治体制の圧迫を大上段に批判するより、そこに必死に生きる人たちの姿を描く映画は力強い。

北朝鮮は、1993年に大水害が発生してから毎年のように起こる洪水と干ばつで深刻な食糧危機に陥った。90年代中ごろからは、その大飢饉の様子が国外にも報じられ、90年代終わりまでに餓死した人たちの数は250万とも300万人ともいわれる。とくに炭坑と工業地域・咸鏡北道の飢餓状況は厳しく、中国との国境で川幅の狭い豆満江の渡河地点(クロッシング)を渡り、中国へ越境する難民や脱北者が数多くいた。安い賃金ながらも国外で稼ぎ、残してきた家族に送金して生活を支える経済難民たち。生きるため、家族を守るため命をかけて越境し、家族と別れなければならない人たち。韓半島から中国東北部そしてモンゴル、あるいは韓国、第三国へと横断するその姿を追いながら、国家体制保守の下、塗炭の苦しみにいつ襲われるかもしれない北朝鮮の今日的状況が描かれていく。

ドキュメントをモチーフに足跡描く

元サッカー選手のキム・ヨンス(チャ・インピョ)は国家代表選手にもなったスター選手だったが、いまは咸鏡北道の炭鉱夫として働きながら妻ヨンハ(ソ・ヨンファ)、11歳の息子ジュニ(シン・ミョンチョル)の3人家族で暮らしている。飢饉と配給制度の破綻からの深刻な食糧危機。身重の妻ヨンハは栄養失調から結核に罹り、ヨンスは中国に越境して薬を買うため仕事を探そうと決心。ジュニに「すぐ帰ってくる。それまでお母さんを守っていてくれ」と約束して、石ころで二人だけのサッカーをして村を離れた。だが、中国に渡ったものの官憲の取り締まりは厳しく、すぐには帰れない。出会ったブローカーを通して韓国への脱北するため外国の大使館へ逃げ込んだ。元サッカー選手の脱北はニュースとなって世界に流れる。

元サッカーのスター選手だった父ヨンスを尊敬するジュニは、父とのサッカーが一番楽しい時間 (C)2008 BIG HOUSE/VANTAGE HOLDINGS.All Rights Reserved.
元サッカーのスター選手だった父ヨンスを尊敬するジュニは、父とのサッカーが一番楽しい時間 (C)2008 BIG HOUSE/VANTAGE HOLDINGS.All Rights Reserved.

ヨンスが越境して間もなくヨンハは病死し、孤児になったジュニ。幼馴染のミソンも孤児になっていた。彼女の父は貿易商として羽振りが良かったが、密告によって隠し持っていた聖書が発見され、一家は離散していた。2人はヨンスを追って豆満江を渡ろうとするが国境警備兵に捕えられ鍛錬所に送られる。ジュニとミソンは、ミソンの父から聞いていた聖書と天国のことを語りみながら虐待や苦しみに耐え、励まし合う。だが、ミソンは飢餓と衰弱のため命を落とす。

神は豊かな国だけのものか!?

韓国に逃れたヨンスは、ブローカーを通して妻への薬と送金するため必死に働く。しかし、届いた知らせはヨンハの死とジュニの鍛錬所収容のこと。絶望感に打ちひしがれ、クリスチャンの社長に「これは不公平だ!」「神も豊かな国だけか?」「神は、なぜ北朝鮮を見放すのか?」と詰問し、慟哭するヨンス。
キム・テギュン監督は、「神は、なぜ北朝鮮を見放すのか?」というヨンスの激しい問いに対して、社長の口を開かせない。韓半島、中国大陸、日本はアジアの緊張が交差している。この交差点に立つ、日本人そしてクリスチャンへも向けることができるこの問いに、安易な応答はすべきでない。
ジュニを救出すべく手を尽くしたことが功を奏し、モンゴルで会えるルートができチンギスハーン国際空港に着いたヨンスだが…。

人間は本来喜び合う存在

この作品は企画から制作・完成まで4年を要し、2008年に韓国で上映され、アカデミー賞外国映画作品や東京映画祭などにも出品された。

また、助監督はじめ30人を超す脱北者たちがスタッフやアドバイザーとして参加。それらの証言をもとにした北朝鮮の村落、闇市場や収容所、脱北者の実際の逃避行ルートをたどった撮影など、ドキュメンタリータッチな映像描写は真実性と緊迫感を存分に伝えている。言いようのない暗い力に覆われたなかに在っても、生きて会うことに命をかけるヨンスとジュニ父子の現実性へと観る者を誘いこんでいく。

幼馴染のミソンも孤児になっていた。わずかに持っていたお金で久しぶりの食事ができた (C)2008 BIG HOUSE/VANTAGE HOLDINGS.All Rights Reserved.
幼馴染のミソンも孤児になっていた。わずかに持っていたお金で久しぶりの食事ができた (C)2008 BIG HOUSE/VANTAGE HOLDINGS.All Rights Reserved.

ただ、厳しく過酷な社会状況の中苦しみあえぐ人たちを描きながらも、希望を捨ててはいけないメッセージが伝わってくる。モンゴルの砂漠をさまようジュニを照らす満天の星の光。その光の中でジュニは大地に横たわっていく姿は、祈りのような厳かなまでの情景と心の内を描写する。厳しい社会にあっても、日々の生活のなかに生まれたささやかな楽しいことどもの回想。生きることを失うまいとする人間の本来の姿、自然や人とのつながりの中で生かされていることの本質が、エンドロールにいたるまで細やかで温かみのある演出で語られている。 [遠山清一]

韓国映画、キム・テギュン監督作品(2008年)、配給:太秦。4月17日より渋谷・ユーロスペース、名古屋・シネマコーレ、5月1日より銀座シネパトス、シネマート心斎橋ほかロードショー。
公式サイトはこちら→http://www.crossing-movie.jp