ピエール(左)に接触するフェアウェル  (C)2009 NORD-OUEST FILMS
ピエール(左)に接触するフェアウェル  (C)2009 NORD-OUEST FILMS

米ソ冷戦時代の末期に実在したスパイ、コード名「フェアウェル」(farewell=本編ではセルゲイ・グリゴリエフ大佐)の実話をもとに、自由を希求する人間の本性と信念の強さを描いたサスペンス。

脚本と監督は、「戦場のアリア」で高い評価を博したクリスチャン・カリオン。主演のグリゴリエフ大佐役には「アンダーグラウンド」で2度目のカンヌ映画祭パルム・ドールを受賞した映画監督エミール・クストリッツァが、またグリゴリエフから情報を受け取るフラン人技師・ピエール役を映画監督としても活躍している俳優ギヨーム・カネが演じている。二人の演技によって、この作品のディティールが深く印象付けられ、人間の内面性を豊かに描かれている上質な作品だ。

グリゴリエフは、ソ連の国家保安委員会(KGB)の情報処理部門の幹部。フランスで諜報活動の経験を持ち、国家のエリートとしてのプライドを持ち、国を愛し、妻とエリート校に在学する息子イゴールを不器用な振る舞いしか出来ないながらも愛している。

だが、グリゴリエフは立場上知り得る情報から、ソ連の閉塞的状況を読み取り、国の先行きとイゴールの未来に重たい大きな不安を抱いていた。

(C)2009 NORD-OUEST FILMS
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「俺が世界を変えなければ。。。」。グリゴリエフは、ソ連が西側陣営から盗みとている宇宙開発情報の状況や国家機関の上層階級に潜入しているソ連側スパイのリストなどの最高機密情報をフランスに提供していく。

フランス国土監視局(DST)によって、知らぬ間に情報の受け取り役に仕立てられたフランス人技師のピエールは、最初は断っていたものの、事柄の重大さから妻に内緒で中継役にのめり込んでいく。そこには、トップレベルの国家機密情報を漏らしているグリゴリエフが大金を要求すことなく、「自分の時代は無理だが、息子には自由な時代を生きることができようになる」との夢に命を懸けていること。その信念から、愛するこの国に自由な時代をもたらすためのスパイ行為であることへの畏敬さえ芽生えてくる。グリゴリエフが求めたのは、イゴールが聞きたがっていたロックグループ「クイーン」の音楽テープとソニーのウォークマン、そして自分のためにフランス語の詩集1冊だけ。だが、それらはまさに、圧迫された監視社会での暮らしに、心の自由を満足させてくれるものだった。

西側陣営の科学技術情報を収集しているX部隊のリストを、最後の情報提供ときめていたグリゴリエフ。それを渡し終えた時、「フェアウェル」の存在を認識したKGBと官憲の手がグリゴリエフとピエールに迫る。家族を捨てて亡命する考えのないグリゴリエフは捕えられたが、ピエールは間一髪で国境を越えることができた。

(C)2009 NORD-OUEST FILMS
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取り調べの拷問を受けてもフランスの詩人アルフレッド・ド・ヴィニーの「狼の死」を朗唱し、家族に災いが及びそうなことはいっさいしゃべらないグリゴリエフ。その姿は、「狼の死」に詠われる母狼と二頭の子どもたちを守るため猟師と狩猟犬の前に身をさらして自らの命を賭した父狼のように、気高さと妥協しない信念にあふれた眼差しで何かを見つめる。

「フェアウェル」事件で西側陣営にもたらされた情報の質は高く、ソ連崩壊を早めたとも評される。その事件に関わった人たちを取材し、はじめてエリゼ宮殿内部でのロケ撮影が許可され、ミッテラン大統領、レーガン大統領、ゴルバチョフ書記長らに似た俳優を配し、物まではない演出で作品のリアリティを高めている姿勢に好感が持てる。人間の内面性を描くことに徹した作品は、心の心の絆を結び合わせていく。そして、一方では国家の非情さと現実もさらけ出してしまう。そのことに目を背けていないところが、映画のもう一面の価値を思い起こさせてくれる。   【遠山清一】

監督・脚本:クリスチャン・カリオン。フランス映画、113分。配給:ロングライド。7月31日(土)シネマライズにてロードショーほか全国順次公開。

公式サイト http://www.farewell-movie.jp