若年性アルツハイマーで記憶が薄らいでいく恭子の故郷に連れてきたミツオ  (C) 2010ヘヴンズ プロジェクト
若年性アルツハイマーで記憶が薄らいでいく恭子の故郷に連れてきたミツオ  (C) 2010ヘヴンズ プロジェクト

光市の母子殺害事件、秋葉原での無差別殺傷事件など身近に起こる痛ましい事件。瀬々敬久監督は、人間の心の奥底に染み込んでいる「殺人」を引き起こす何者かを「怪物が棲みつきました。怪物は人間たちを襲います。神様は助けてはくれません。。。」と、冷徹なにまなざしで見つめにプロローグでポエティフルに表現する。

そして、始まる9つの物語。いつわが身が、「殺し、殺される」出来事の当事者になっても不思議ではない現代。いくつかの「殺し、殺される」出来事が折り重なり合うなかで、当事者としても繋がっていく市井の人たち。だが、殺伐さのみに終わらず、不条理な出来事のなかにも「生きとし生きるもの」たちの連なりを見失わない瀬々監督の演出は、現代に’生’への絆という光が差し込んでいることを感じさせる。

<第1章 夏空とオシッコ>
8歳の少女・サト。友達と海岸で遊んでいるとき、両親と姉が自宅で何者かに殺された。祖父のソウイチに引き取られ家に向かう途中、街の電気店のテレビから両親と姉を殺した犯人が自殺したというニュースを見た。次のニュースで、見ず知らずの少年に妻子を殺されたトモキ(長谷川朝晴)が、記者会見で「法律が許しても、僕がこの手で犯人を殺してやります」と叫ぶように答える。このとき、トモキはサトのヒーローになった。

<第2章 桜と雪だるま>(1章から半年後)
警察官のカイジマ(村上 淳)は、副業の’復讐代行屋’で殺人を請け負っている。雪深い東北の鉱山跡の団地廃墟、かつて’雲上の楽園’と呼ばれここで育ったターゲットの波田(佐藤浩市)を追って来た。仕事をやり終えて戻ったカイジマは、花見で知り合ったブッティク経営者の直子を訪ね、かつて交番勤務中に拳銃を奪いに入ってきた強盗を正当防衛で殺害していしまったこと、今もその強盗の遺族に金銭援助を続けている身の上を話す。

<第3章 雨粒とRock>(1章から3年後)
22歳のタエ(菜葉菜)はロックバンドでギターを弾くが、幼いころ父親の暴力で片方の耳は聞こえなくなっていた。自分を捨てた恋人の部屋から荷物を運び出すため、派遣されてきた錠屋がトモキだった。年上のトモキになにか引っかかるものを感じたタエは、夜明けの海まで会社の車で連れ出した。愛というものを知らずに育ってきた自分の耐えきれない哀しみを激しく吐露するタエ。2人の心の距離は縮まっていく。

妻子を殺されたトキオとともに、犯人のミツオを追って来たサト  (C) 2010ヘヴンズ プロジェクト
妻子を殺されたトキオとともに、犯人のミツオを追って来たサト  (C) 2010ヘヴンズ プロジェクト

<第4章 船とチャリとセミのぬけ殻>(1章から8年後の夏)
16歳になったサト(寉岡萌希)は、ある連絡船の船着場に降り立った。カイジマの息子ハルキ(栗原堅一)の自転車を強引に借りてサトは、トモキが住む団地を探し当てる。トモキは、タエと結婚し女の子を授かり3人で楽しそうに暮らしていた。サトは、トモキと会い、自分の身の上と、犯人の少年が出所したこと話し、「殺してやるんじゃなかったんですか」と言い寄る。突然現れたサトに当惑しながらもトモキは静かに問いかける、「家族を殺された人間は幸せを願っちゃダメかな」。「ダメだと思います!」ときっぱり答えるサト。

==休憩==

<第5章 おち葉と人形>(1章の頃から8年後まで)
独り暮らしの恭子(山崎ハコ)は人形作家。医師から若年性アルツハイマーと診断されている。テレビの記者会見でトモキの妻子を殺害した少年ミツオ(忍成修吾)の弁護士が、「これから生まれてくる人間にも僕のことを覚えていてほしい」というミツオのコメントを読み上げているのを見た。心を動かされた恭子は、弁護士を通して服役中のミツオに手紙を書き続ける。やがてミツオから返信が届くようになり、落ち葉が舞い散る季節に2人は初めて面会した。恭子はミツオを養子にした。仮出所したミツオは、恭子と暮らしたが次第に恭子の病状は進行していき、ミツオに反応しなくなる時もある。就職活動にも世間の目の冷たさを実感しながら恭子を介護し世話するミツオだが、それでも恭子の存在は唯一の救いだった。

<第6章 クリスマス☆プレゼント>(1章から8年後の冬)
クリスマスに賑わう街。カイジマは、正当防衛で殺害してしまった男の妻チホ(根岸季衣)を病院に見舞う。奔放な義娘のカナ(江口のりこ)も見舞いに来ていた。仮出所のミツオは、同僚に酔いつぶされ金を使わせられる。それでも残ったわずかな金額で恭子に小さなプレゼントを買って帰るミツオの前に、尾行していたトモキが突然飛び出してきて詰め寄る。トモキは、復讐を決意して妻タエと子どもを置いて町を出る。カイジマは、息子ハルキが事故で重傷を負った知らせを受け、復讐代行を遂行して病院に駆けつけた。病室のカーテンを開けて降りしきる雪を見せ「クリスマス・プレゼントだ」というカイジマ。少しだけ、2人の心が通じた。

カナとカイジマ (c)2010ヘヴンズ プロジェクト
カナとカイジマ (c)2010ヘヴンズ プロジェクト

<第7章 空にいちばん近い町1 復讐>(1章から9年後の夏)
東北の鉱山跡の’雲上の楽園の’廃墟にやってきた恭子とミツオ。トモキを怖れて、恭子の育ったこの廃墟にたどり着いた。後を追っていたミツオとサトも、この廃墟を着き止めた。廃墟を逃げ回るミツオを追うトモキ。サトは、なぜミツオと暮らしているのか恭子に問い詰めるが返事がない。恭子は死んでいた。遺体を見て激しく慟哭するミツオ。トモキとサトは、あわてて廃墟から逃げ去った。一方、カイジマは何者かによって殺害されていた。

<第8章 空にいちばん近い町2 復讐の復讐は何?>
カイジマの家に妊婦のカナがやって来た。義母のチホが亡くなり、カイジマからも仕送りが途絶えてカネに困っていた。ハルキの目の前で家捜しするチホは、カイジマが隠していた拳銃を見つける。恭子を死なせてしまったトモキとサトは、タエと娘が出て行った後の部屋で、ミツオの復讐に怯えていた。その部屋の前には、車の中から2人の様子を窺がうミツオがいた。カネ目当てに拳銃を持ってミツオの車を襲ったカナ。だが、急に産気づいてしまう。トキオは意を決してミツオと死闘を繰り広げる。そのころ、カナは新しい命を産んだ。

<第9章 ヘブンズ・ストーリー>(1章から9年後、そして10年後)
サトは、紅葉の山中を走るバスに乗っている。そのバスに、死んだ恭子とミツオも乗っている。バスを降り、草原を歩くサトの前に人形師たちが美しく踊る。仮面をとると9年前に殺されたサトの両親と姉だった。サトは、姉の歳を越えていた。。。

瀬々監督は、題名の’ヘヴン’について、キリスト教の一神教の考えではなく、「もっと東洋的というか、人間を含めて、動物、植物、大きく言ったら宇宙とかまでを含めて森羅万象な生きとし生けるもの全てが絡まりあう曼荼羅(マンダラ)のような世界観で映画を作りたいという思いがあった」という。なるほど、その創作意図はよく伝わってくる。当然、そこにはキリストの贖罪と終末観は描かれてはいなが、キリスト者に関心が持てないということではない。

♪ここも神の御国なれば よこしま暫しはときを得とも
♪主の御旨のややに成りて 雨つち遂には一つとならん
この讃美歌作者の賛美と告白をもつ一キリスト者にも、この作品と語り合った4時間38分とその後は、充実感のある対話と、’世界が憎しみで壊れてしまう前に’、「人間はどこから来て、どこへ行くのか」に想い巡らす’時’を共有できたのだから。   【遠山清一】

監督:瀬々敬久、脚本:佐藤有記。2010年。日本映画、4時間38分。配給:ムヴィオラ。2010年10月2日(土)よりユーロスペースにてロードショーほか全国順次公開。

公式サイト http://heavens-story.com