2017年05月07日号電子版

熊本・大分地震から1年を迎えた4月15日、昨年10月まで避難所だった、熊本県上益城郡御船町の御船町スポーツセンターで復興イベント「熊本地震から1年。進もう前へ。熊本未来笑店街」(公益財団法人熊本YMCA主催)が開催された。当日、野外では「ふっこう商店街」の名称で御船町、益城町の野菜や果物、食べ物、焼きそばやトッポッキ、フランクフルトなどの屋台、ゲームコーナーが並ぶなど、地域の人々で賑わった。午前は映画「うつくしいひと」チャリティ上映会、午後は「熊本地震で何が求められ、これから何をすべきか」をテーマに、行政職員、NPO代表、フォトジャーナリストの立場から、熊本の復興支援に関わってきた3氏をパネリストに招き、復興祈念パネルディスカッションが行われた。【中田 朗】熊本未来笑店街・出店2

御船町スポーツセンターは益城町総合運動公園と共に、熊本YMCAが行政からの委託を受けた管理施設。地震発生直後から、熊本YMCAの職員らは、全国のNPO、企業、個人と連携し復興支援に取り組んできた。メインアリーナは昨年10月まで避難所として使用され、ピーク時には300人の被災者が身を寄せた。
パネルディスカッションでは、神保勝己氏(熊本YMCA本部事務局長)が1年間の支援活動報告をした。「熊本YMCAは17の拠点を有しているが、それぞれが何らかの被害に遭った。スタッフは約300人いるが、10人ほどの家が全壊、15人ほどが半壊、一部損壊を含め半分ほどのスタッフの家が被害を受けた。その中で、ある者は車中泊しながら避難所の支援に行くという状況が続いた」
その中で①子どもや高齢者・障がい者、在住外国籍などの災害弱者になりやすい人々の支援を、国内外の協力を得ながら、息長く継続する、②地域に根ざした青少年教育団体として、青少年が救援・復興の活動をすることを目指す、が支援の形となっていったと話した。
トッポッキ
パネルディスカッションでは、木村敬氏(総務省自治財政局公営企業課理事官、前熊本県総務部長)、栗田暢之氏(全国災害ボランティア支援団体ネットワーク〔JVOAD〕代表理事、特定非営利活動法人レスキューストックヤード代表理事)、安田菜津紀氏(studio AFTERMODE所属フォトジャーナリスト)が立った。コーディネーターは日本YMCA同盟の山根一毅氏。
地震発生直後、昨年5月末まで政府の支援対策本部の一員として熊本で活動した木村さんは、当時をこう振り返る。「最初の段階から、役場はパニック状態で、人手も足りない。全国から応援を募る。そんな中、本当に奇跡だったのが、YMCAの皆さんの活躍だった。たまたま、益城町、御船町のスポーツセンターがYMCAに委託されていた。運営をお願いしていたために、YMCAが避難所運営をやらなければならなくなった。だが、行政、役場ができなかったであろう避難所運営を、全国のYMCAの皆さんが来てしていただいた。これは奇跡的な偶然の一致、天が与えてくれた使命であり宝物では。ありがとうございました」
全国のNPOを束ねるネットワーク代表理事の栗田氏は「地元熊本のNPOと連携し、県庁の隣りにある会議室を借りて、NPOが出入りできる拠点として機能した。NPO300団体が参加する『火の国会議』というのを120回ほど続け、様々なことをやってきたのが大きな成果だった。一方、一人ひとりの被災者に支援が届いたのか、葛藤を抱えながらの1年だった」と振り返った。御船町スポーツセンター
夫の両親が岩手県陸前高田市で被災したということで東日本大震災以降、この町に通ってきたと言う安田氏は、益城町総合体育館を訪れた時のことを分かち合った。「象徴的だったのが、職員さんが天井にかけた布。天井を見て恐怖を思い出さないようにとの思いやりが布に込められていた。物的問題だけでなく内的問題をも時間をかけて向き合わなければならないことを痛感した。誰かを置き去りにしないため、私たちがするべきことは何かを皆さんと考えたい」
栗田氏は、「野菜一杯の温かい味噌汁を食べて元気でいてほしい」「愛知から御船町の皆さんに応援の気持ちを届けたい」と、お椀とお箸のセットを仮設住宅入居者へ届ける「あったか味噌汁プロジェクト」を紹介。「仮設に入っても、お椀を持っていない人がいる。人としてのいのち、暮らし、尊厳が守られることが重要な視点だと思う」
安田氏は、熊本で出会った88歳の一人暮らしの高齢者男性のことを話した。「コーヒーを作っていろんな人に振る舞うのが好きな方で、笑顔が素敵だった。ところが、仮設住宅に入ると決まった後、倒れられ、要介護となってしまい表情が一変してしまった。体力的、精神的に衰えていく被災者に、何をすべきか考えさせられた」シンポジウム1
その話を受け、木村氏は、「一人ひとりには役割が必要だ」と語る。「何か役割があると、満足感がある。一人が役割をもち、やり甲斐を感じて社会を作っていく時、民主主義が安定していくのではないか」
安田氏は、阿蘇の噴火で被害に遭った時の悲しい表情と、今年4月に収穫をする満面の笑顔のいちご農家の女性の写真を見せ、こう語った。「自然と人間がどうやって同じ空間を分かち合ってくのか。私たちが発見した宝物を写真、言葉を通して発信していかなければいけないと思った」
木村栗田安田